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第四回
「なんだ!」
七郎は思わず叫んだ。倒れたまま栄次郎は体を震わせていた。
「お、おごご」
栄次郎は微かにうめいている。彼の側に屈んでいた女は立ち上がった。
月明かりに照らされる彼女はきらびやかな着物をまとい、長い黒髪が滑らかな滝のように流れ落ちている。その美しさに七郎は思わず息を呑んだ。
その間に栄次郎はうめきながら立ち上がった。その体が徐々に溶け崩れていく。人間が溶解していく光景に、般若面の奥で七郎は絶句していた。
ーーおおお……
栄次郎だったものは夜空に咆哮した。今や着物も地に落ち、彼は人間ではないものに変わっていた。
それは粘土で作られた人形のようであった。その肌は溶け出しており、流れ落ちた表面が庭を汚していく。
「あ~……」
女は残念そうにつぶやいた。
「その魂、選ばれるものではなかった」
四郎もまた謎の一人言をつぶやいた。が、七郎は彼らにかまっている余裕はない。目の前で人知を越えた現象が起きているのだから。
栄次郎だったものは七郎を向き、ゆっくりと動き出した。
腕だった部分が前に差し出されている。それはまるで生き地獄に落ちた栄次郎が、七郎に救いを求めるかのようであった。
「く!」
叫んで七郎は駆け出した。栄次郎だったもの周囲を、素早く一周する。般若面をつけ、黒装束をまとった七郎は、この時代では失われた存在ーー
まるで忍者のようであった。それも風魔だ、風の魔物のごとき身のこなしであった。
「むーー」
この間、四郎は美しい顔を眉一つ動かさず眺めていたが、七郎が左手に細い竹筒を握っていた事に気づいた。その竹筒の小さな穴から、ひそかに火薬がこぼれ落ちている事も。
七郎は栄次郎だったものに接近したり離れたりしながら、その周囲を駆け回った。そして頃合いと見るや、素早く遠退いた。その素早さに栄次郎だったものは、あっけに取られて動きを止めていた。
七郎はその場に片膝つき、火打石を取り出して打ち合わせた。
夜闇に火花が光って数秒のちには、七郎は火のついた導火線を棒手裏剣に巻きつけている。
そして七郎は柄尻に火を灯した棒手裏剣を、栄次郎だったものの、足元の地面へと投げつけた。
その辺りに七郎は火薬をまいておいたのだ。
ゴオ!と瞬時に火薬に火がついた。栄次郎だったものは、たちまち炎に囲まれた。その溶け崩れた体にも火が燃え移る。
ーーオオオー!
夜空に栄次郎だったものの悲鳴が響き渡った。
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