母子

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母子

 高く鋭い声が響いた。  男は足を止め、声の行方を追うように夜空を見上げた。「あれは何の鳥の声だったかね」と背に負った母に尋ねる。 「あれは百舌(もず)の声だ」 「ああ、百舌か」  男は一旦は納得したが、すぐに首をひねり、「百舌は夜に鳴く鳥だったかね」と。 「いま鳴いたのだから、鳴くのだろう」  確かにそうだ。男は今度こそ納得し、よいしょと言って母を背負い直すと、ふと顔を後ろに向けた。そうして、やや本数の(とぼ)しくなった母の白髪頭に向かって、 「すまねえな、おっかあ」  と言った。  母は顔を上げた。(まぶた)の皮が下がり、半ば隠れてしまった目で男の目を見ると、おもむろに口を開けた。 「仕方ねえさ、この凶作だ。働けねえ歩けねえ飯を食らうだけの(ばば)には、家に居られて困ることはあっても、いいことなんて何もね」 「おっかあ、そんな、おれは――」 「いいから、早く行け。おめえは明日も早くに起きて、働かなくちゃなんねんだ。おれを早くあの山に置いてこねえと、寝る(ひま)がなくなるぞ」  母の強い言葉に、男は首を(すく)め、前を向く。遠くに、母が『あの山』と言った山が見える。  男はまた、よいしょと言って母を背負い直した。人気(ひとけ)のない(あぜ)道を、月明かりを頼りに歩きだす。 「また百舌が鳴いたな」  揺れる男の背中に頭をもたれ、母がぽつりとそう言った。その声は足音に紛れ、男の耳には届かなかった。星の瞬きが聞こえてきそうなほど、あたりは静かだった。
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