【透徹した身体と不揃いの倫理】

3/6
前へ
/24ページ
次へ
**********  扉をノックする音。ザノが短く応じると、フェンが少し躊躇いがちに入ってきた。 「フェンか」 「リーダー」 「何の用だ」  フェンは扉の真ん前で、ザノとの距離を保ったままである。ザノがソファに座るように勧めるが、フェンはそれをすぐに出て行くからと拒否した。 「シドの動きは、把握してますか」 「……また自由にやってんのか」 「はい、オネ幹部とトーアさんに会いにいった後、グラフィティアートを描いてました」 「内容は?」 「ユウヤを見つけ次第、教えろと」 「記者じゃなくて、か」 「はい」  そこで、ザノは頭を軽く掻いた。 「いつものことだから慣れてはいるが、しかしどうしてアイツはこうも身勝手なのか」  保護者のようだ、フェンは苦笑した。もっとも、ユウヤとザノの立場にそれぞれ立ってみればそのようなことはとてもできる心情ではないのだろうが。 「……まあいい。それで、お前はどうせユウヤに会ってきたんだろう? それへの返答はなんだって?」 「帰りたくない、と」 「当たり前だな」 「シドの伝言は消しておきましたが、他にもあるかもしれません」 「だろうな――まったく、困ったものだ」  しかし、言うほど困っている風ではなく見えて――むしろ、シドだから仕方がない、と半ば諦めている様子でもある。フェンも、この反応はある程度予想していた。ザノはどちらかと言えばユウヤの気持ちを汲んでいる方だろう――ドゥーショの中では、まだ良識のある人間であった。 「それで、記者の件は」 「問題ないと思われます」 「シドが変なこと言ってて、もし殺しでもしたら後々中国政府が面倒だな」  ザノがここで始めてフェンを一瞥した。 「フェン。お前がユウヤに味方するのは勝手だ。俺も、それは理解しているつもりだ」  フェンはザノの瞳の奥に、何かが揺らめいたような気がした。悪寒を覚え、身震いしてしまう。 「お前なら、トーアとオネに会いに行って、やめてくれとでも言いにいくのだろう」  フェンはかぶりをふった。ザノはそれを咎めるわけでもなく、そりゃそうだと溜め息をついた。 「ここで、僕を殺しますか」 「ユウヤは、それでドゥーショを許すか?」  数秒の沈黙。悪い冗談だ、とザノがこぼした。 「今度こそ、ドゥーショが潰されかねない。ここにはアンダンテもいるからな」  あいつらはあまり敵に回したくない。彼はそう言う。 「結局、お前がリークしようがドゥーショの邪魔をしようが、勝手にさせておくだけだ。むしろ、たまにはドゥーショとしても動いてくれている分、マシだと思ってる」 「……随分と、余裕そうに見えますが」 「そう見えるか」  案外そうでもない――ザノは心の中でそう言った。だが、もしアンダンテと抗争に発展した場合、あるいはユウヤがドゥーショを壊そうと乗り込んできた場合、策がないわけではなかった。それでも、あくまでも万が一の保険である。 「まあいいさ。ともかく、これはドゥーショとしての指令だ。グラフィティアートを記者の厳重監視に描き変えて来い」  出て行け、とは言わなかったが、これ以上の会話はしないという態度であった。 「……もし仮に、記者がユウヤのことを報じたら、どうしますか」 「無論、トーアでも向かわせるさ。ここから逃げられる奴なんぞ――ああ、でも前にいたな」  言って、ザノは溜息をついた。格好つかないな、と自嘲気味に漏らして。 「ともかく、だ。下手に牽制して刺激しない方がいい。それに俺もどちらかといえば、お前がリークすることを狙っているだけだ」 「狙っている? どうして」 「シドという不穏分子にはフェンという不穏分子が丁度いいんだよ」 「随分と信頼しているようで」 「シドだしな」  聞くところによると、シドとザノは今の地位に就く前――ドゥーショに入るよりも前からの仲らしい。二人の間に何かしらの信頼があってもおかしくはない。フェンはそれに言いようのない気味の悪さを感じた。 「ユウヤに関しては傍観だ。そっちはお前の好き勝手して構わない。ただ、限度は守れよ」  お前の仕事ぶりも評価しているんだからな――ザノはそう言って、フェンから視線を外した。 「……分かりました」  それだけ言うと、ザノはフェンに出て行くように言った。フェンも大人しく下がろうと、扉を開け、出て行く――寸前に、ザノが呼び止めた。 「ユウヤは、元気だったか?」  フェンのドアノブを掴んだ右手に力が込められるのが分かった。しかしフェンの奥底に敵意は見えないため、問題ないと判断する。 「……キアみたいに、なりますよ」  言い残し、フェンが退室する。残されたザノは、椅子に深くもたれかかり、フェンの言葉を反芻していた。 **********
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加