【透徹した身体と不揃いの倫理】

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**********  この街は腐っている。そう言い出したのは誰であったか、もう思い出せない。しかし、シドでも、フェンでも、――俺でもない。にも関わらず、頭にこびりついて離れないのは何故だろうか。もしかしたら、二十になる頃に街を出ていったキアが言ったのかもしれない。だが、彼がそんなことを言う人間ではないことは分かっていた。  あるいは、と俺は半分意識を落としながら寝返りをうつ。ハロンか、アサヒか――しかしそれ以上は思考しないように留める。孤独を思い返したくはないのだ。代わりに、右手を顔の前に持ってきてみる。――見えないにも関わらず、そこには物体が存在している。神経に伝達する器官もないのにも関わらず、俺の脳はそれらを完全に感じ取っている。 「……知らねぇよ、そんなん」  夢で見たシドの笑みが、脳裏に浮かぶ。 「……もう、出てくるんじゃねぇ」  お前たちは、一度俺を見放した人間だ、と心の中で言う。シドも、新しくドゥーショのリーダーになったザノも、透明人間の新たな需要を知ってから、手のひらを返したように俺の再加入を勧めてくる。ザノはシドほど強く言ってはこないが、その台詞に、くたばっちまえと唾を吐き捨てたのを覚えていた。それ以来、彼と会ってはいない。  結果として俺は組織――リェン=ドゥーショから抜けた。そして、独りになった。望んだことではあったが、実際にそうしたかったわけではない。 「……どこまで、そう思ってるんだか」  自嘲しながら、もう一度寝返りをうつ。心臓に、何かつっかえたものがあるように感じた。昔から感じている、何かよく分からないもの。  フェンは、未だドゥーショを出られずにいる。  麻薬売買、武器輸出、殺人、盗難、戦争傭兵、闇取引――。本来ならば、あのような組などすぐに出るべきだ。可能ならば、今すぐにでも潰すべきなのに、だ。しかし、現実ではどうしようもできない。  それは組織に反抗する者が少ないという理由もあるが、大きな理由として、ドゥーショは明星街を――否、鴻業城という弱者の居場所を作り上げているためだ。結果論ではあるが、曲がりなりにもドゥーショが裏の治安を守っているのは、揺るがない事実であった。  明星街はともかくとして、観光どころか店さえも存在しない暁闇街でさえ、ドゥーショの牙は刺さっている。仮にそのような組織を破壊でもすれば、鴻業城全体が崩壊するのも容易に想像できた。  俺が鴻業城の外で生活することは、ほとんど不可能に近いはずだ。どこかのカルテルやマフィアに拾われるか、九龍城砦のようなスラムに行くかしない限りは。 「……無理、なんだろうな」  ドゥーショは潰せない。鴻業城がある限り、あるいは明星街がある限り。そう考えると、この街のシステムは非常に上手くできているように感じた。ドゥーショがあってこその鴻業城。その逆もまた然り。  むしろ、ザノがリーダーになって良かったのかもしれない。先代ドゥーショリーダーの顔を俺は知らないが、どういう人物だったのかは知っている――俺としてはどちらも馴染めないが。  ある意味、不干渉の立場を取ってくれているだけ、ザノはマシなのかもしれない。ギブアンドテイクにしては複雑極まりないが、それでも双方の利害は一致している。だが、そこにシドという人間が介入することで全ての歯車は乱される。俺も大概だが、今回ばかりはザノもいい迷惑だろう。 **********
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