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「明星街は、賭博とかの観光業で儲けてるって話だが、あれは旅行雑誌にでも載せる、表向きの説明だ」
昨日も歩いた繁華街を歩きながら、俺はハオに話した。
「昨日言った通り、実際は違法取引での収益がメインな」そこの路地に入ろう、と俺は指をさす。ハオは首肯だけして、俺の隣から離れないようにじっと目を向けていた。
「この街に来るヤツらは、純粋な賭博目当てが三割、残りは違法取引が目当て、そんなとこだろ」
ふと壁面を見れば、前まではなかったグラフィティアートが描かれていた。ハオにただの芸術だと言った手前、立ち止まることもできず横目で暗号を読む。――ハオの監視指令であった。しかし、ユウヤと共に行動している場合は問題ない、と言った付け加えがされていた。文章の最後にはトーアと書かれている。どうやら、買収は既に済んでいるようであった。
「俺と、ねぇ……」思わず口に出してしまう。「何のことですか」「ああ、いや、何でもねぇ」行こうぜ、と俺は歩む速度を速める。ハオは黙ってそれについてくるが、しばらくして、俺のパーカーの裾を、指で掴んだ。
「……何だよ」
一瞬警戒してしまったが、敵意がないということはすぐに分かった。
「……ユウヤさん」
申し訳なさそうにハオは裾を離す。
「……教えてください。ここは……どうして、明星街なんて呼ばれてるんですか?」
「それはまた、何でいきなり」
「……ユウヤさんの家から帰った後で、商店街の道を通ったんですが」
確かその通りを真っ直ぐに行けば、人身売買の競りが日夜行われている劇場があったはずだ。裏路地を奥の方に入っていけば、かつてドゥーショのヒットマンが経営していた店もある。明星街の通りの中で、恐らく最も混沌とした通りだろう。
「通り過ぎる人みんな、楽しそうなんです。――その根底に見えるものが、すごく黒いモノなのに」
「……どこが、夜明けの街だ、って言いたげだな」
「はい……」
「昨日も話したが――」
俺は天を仰いだ。ビルの隙間から見える曇天、鈍色。アナーキー社会に蔓延する狂気。退廃的であるはずのこの街に冠された、明星の文字。――いつ考えても、皮肉的だ、と俺は少し笑い、近くのゴミ置きの上に座った。ハオも、隣に腰掛ける。
「暁闇街」
「え?」
「お前も見ただろう。暁闇街の様子を」
山岳地形に建てられた城砦のビル群。九龍城砦には劣るが、それでもなお多くの人間と戦争兵器の残骸を残すその街は、暁闇――日の出前の明るい闇、転じて夜明けの来ない街――、そう、揶揄されていた。
「実は、『明星街』って名がついたのは、この街が観光業として成立してからなんだよ」大体四十年くらい前か、と付け加える。
「元々暁闇街があって、そこに明星街ができた。暁闇の中で唯一、夜明けを迎えた街――それが、明星街ってことだ」
「でも、実際は」
「ああ、明星街も、本質をつけば未だ暁闇の真っ只中だ。明星なんて昇ってさえいない」
「……皮肉ですね」
「それを言うなら、『鴻業城』っていうのも皮肉しかねえよ」
「ですよね……」
誰もやろうとしなかった偉業、と口ずさむ。ふざけた命名だ。しかしこの皮肉さえも、明星街を最も体現しているように思える。
「……誰がこんな名前、つけたんだろうな」
「ある意味センスを感じます」
「そんなセンス、違うところで活かせって感じだがな」
最後は少し自嘲気味になってしまった。少しではあるが、雨が降り始めたようである。行くか、と俺は立ち上がる。ハオも立ち上がり、お願いします、と言った。
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