【廃材塔は中心に立つ】

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**********  閑静な部屋には、真ん中に一つ、大きな机があり、その長い辺の両方に黒革のソファが置かれているだけであった。ソファに一人、長髪の男が座っている。そして扉側の所で青い髪の男が立ち、対して床には二人の男が倒れていた。 「――ンで、何の話だったっけ?」  青髪の男は先ほどまで振り被っていた拳を静かに下ろし、ソファに座る男に尋ねた。伸ばした髪を後ろで束ねたその男は、青髪がしていることに対して特に興味もなさげに――あるいは畏怖するでも、嗜めるわけでもなく――極めて冷淡に口を開く。 「本土から、報道記者が来ている」  青髪はにわかに目を見開いて、すぐに愉快そうに笑った。 「おォ、おォ――それは確実な情報か? 何時間前の情報だよ」 「二時間前くらいか。連絡網を見てきた」 「いつか暗殺されるぜ」 「ドゥーショは頭がいなくなっても動き続ける組織だろう」 「俺たちはそんな高尚な部下じゃねェぜ?」  青髪が怯える男たちの髪を掴んで、何度か床に叩きつける。鈍い音、ひしゃげた声。白い床に血糊が飛び散り、返り血により青髪が極彩色に染まっていた。  しばらくそれを繰り返して、唐突に彼は髪を離した。男はそのまま力なく床に突っ伏し、気絶してしまったのか立ち上がる気配もない。青髪は壊れた玩具を見るように男を見下ろす。 「それにしてもよ、記者なんかしばらく来てねえじゃねぇか――どうして今更、そういう物好きが」 「脳味噌に蛆でも湧いたんじゃないのか」 「銃弾でも受けたんだろうな、ヤブが黙っちゃいねぇ」そうして、下卑た笑みを浮かべた。 「ここからが本題なんだが」  そう、前置きした。 「あァ、どうしたってンだ」  青髪は、気絶しているであろう男を更に殴りつける。壊すのに飽きたのか、それとも気分の変化が激しいのか、青髪の動きには一貫性が見られなかった。男は、痛みで目が覚めたのか、途中から悲鳴と血反吐の混合物を吐いていた。 「……シド、その辺にしてやれ」  ここで初めて長髪が嗜めようとするが、しかしシドと呼ばれた青髪は止まらない。執拗に男を殴りつけている。その表情は、先ほどとは打って変わって、悦楽に浸っているようであった。何度かそうしてから我に返ったようで、ゆっくりとソファの男に向き直った。 「それで、何だっけ?」 「ユウヤが、そいつの取材を受けた」 「……ほォ、それは、それは」  シドの口角が嫌に歪む。青髪の隙間から覗く瞳が、新たな楽しみを見つけたような輝きを発していた。 「ザノよ、疑うわけじゃァねぇが、それは平和ボケでもした与太か? お前も焼きが回ったってことでいいのかよ?」 「俺は平和ボケなんぞしていないさ」 「中々気の利いた冗談だな」  ザノと呼ばれた男が、初めてシドを視線に捉えた。しかしすぐに視線は元の位置に――どこを見ているのか分からない――戻った。 「それに、『記者が鴻業城に来た』『ユウヤが取材を受けた』しか描かれてなかったからな、確実なことは言えないが――」 「お前にしては、不確定なことが多いじゃねェか、珍しい」 「取引をしたんじゃないかと思う。大方、透明人間の存在と、鴻業城の情報と、か」  一方的に情報を持っていかれるようなことをユウヤはしないはずだしな、とザノは続ける。シドはゆらりと身体を揺らして、ザノにその青眼を向けた。 「何でもいいけどよ――それの、何が問題だって言うんだよ」  ザノは何も分かってない、とでも言いたげに溜め息をついた。しかしそれを咎めようとはしない。 「ユウヤはドゥーショにいた時から、組織を壊そうと思っていただろう」ザノはシドが殴りつけていた男たちを一瞥した。「組織を潰すために外に情報を売る可能性もないとは言い切れない」  潰すため、という言葉にシドが反応した。ザノもその機微を見逃さなかったが、あえて何も言わずに息を細く吐いた。 「万が一そうなれば、情報を抹消しにいけばいいが――手間だろう。そこまで金も人も使えない」  最近利益が少ないんだ。ザノがそう漏らすと、シドが床に突っ伏している男たちを踏みつけた。 「こいつらのせいだな」  それに対しての返答は、なかった。  ともかく――。ともすれば、聖職者にも見えるような雰囲気を纏い、何かを憂うようにザノは目を伏せた。 「最近は国連だけじゃない、三合会からも目もある。面倒なことは避けたいだろう」 「三合会? 香港のクズ共か」  お前が言うのかよ、とザノはシドを見た。シドは可笑しそうに笑うだけである。「そんなもの、潰れちまったかと思ってたぜ」ザノはそれに返答しなかったが、静かに口を開いた。 「ユウヤは今でこそ大人しいが、隙あらば潰そうと思ってるだろう」 「さて一体、誰のせいなんだろうなァ」  お前のせいだ、とザノはシドを睨む。わざとらしく彼は手をかざして、冗談だ、と本当かどうかも分からない風に笑う。 「じゃあよ、その記者って奴を殺せばいいじゃねぇか。ユウヤに気づかれないように、な」 「ユウヤがそんな簡単にさせてくれるような奴だと思うか」 「知らねェよ、そんなん」  言ってから、シドが地に伏した男たちをそのままに、部屋を出て行こうとする。「お前らは後で案山子にしてやるよ」彼はそう言い捨て、扉に手をかける。ザノはそれを止めようとはしなかったが、代わりに少しの呆れを含ませて、口を開いた。 「お前、昔ユウヤと一悶着あったろう。そういう言動で、あいつは愛想を尽かした」 「あァ、だからどうした?」  彼の興味は既に、ユウヤと彼に付く記者に移っているようである。彼はノブを回して、扉を押した。 「分かってるのか、シド」  ザノの言葉に、シドは一瞬動きをとめた。それから大仰に振り返って、大きく舌を出す。ザノは溜息交じりに、あるいは諭すように続けた。 「お前がやるべきは、ユウヤと会うことじゃない。分かってるな?」 「もちろん分かってるぜ? 息子は反抗期だ」  埒があかない、とザノは頭を掻いた。シドはこういう男だからこそ、ドゥーショ幹部の座までのし上がれたのだ――今更、それをどうこうしようと彼は思わなかった。代わりにただ一言、ザノは言った。彼は統率者として、あるいは指示するだけの存在として組織のトップに君臨していればいいのだ。  狂った統率者がいて、退廃した秩序を作り、謗法な取引を持ちかける。時には過剰なまでの制裁と、気味の悪い慈善活動を。ドゥーショはそうして成立している。 「オネとトーアに伝達しろ」 「ユウヤはどうすンだよ」 「そっちは、好きにさせておけばいい」 「俺がユウヤんトコに行くのはどうなんだよ」  不服そうにシドは頰を膨らます。 「それは駄目だ。お前は大人しく帰ってこい。まだ様子見だが、だからこそ用心して動け」 「俺が行けば手っ取り早いだろうがよォ」  殺意を含んだ目を爛々と輝かせて、シドはザノに言い寄った。シドの悪い癖だ――ザノは聞き分けのない子どもに言うようにあしらう。 「駄目だ、駄目だ。お前は、今はドゥーショじゃなく、この鴻業城を生かすことを考えろ」  鴻業城なしではドゥーショは成り立たない。逆もまた然り、ドゥーショがあるからこそ鴻業城は存在している。 「テメェの生活が苦しくなるからなァ」 「別に、それが問題なわけじゃない」 「もしかして、怖いのか?」 「戦争になっても負ける気はしないが、完勝とまではいかない」  ましてやこれ以上敵対して、軋轢を作るわけにもいかない。ザノはシドを見ることなくそう言ったが、シドはあまり聞いていないようであった。興味もなさげに足元の男たちを見やるだけである。 「抗争くらい、珍しいものでもねえ」 「いいか、シド。ユウヤには何も言うな。泳がせておくことも必要だ」 「へェ、オネとトーアだな?」 「今くらいは言う通りに動け」  分かったよ、とシドは部屋を出て行く。ザノがそれを一瞥し、再度溜め息をついた。 「……あそこまで言っても、従わねえんだよなあ」  そうして、ザノは窓の外を見やった。雨が横殴りに窓を叩いている。しかし明星街の往来は普段と変わりなく、ネオンの色と色とりどりの傘が見てとれた。遠くに目を向けると、風化したコンクリートの建物が薄っすらと見える。とてもではないが、人の気配などは感じられない風貌である。しかし、現にその建物にも人々は住んでいるのだ。  床で転がる男たちが、呻いていた。 **********
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