【廃材塔は中心に立つ】

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**********  入り組んだ路地を右に、左にと曲がっていく。捨てられたゴミ袋や下水道が所々散乱しているが、見慣れた光景なので気にすることはない。しかし、ハオは恵まれた都会で生まれ育ったのか、一々それらに反応して、迂回しよう、遠回りしようとばかりしていた。 「ゆ、ユウヤさん」 「甘えんな、ここはそういう場所だ」  冷たく突き放すと、大人しく後ろをついてくるようになった。あまりうるさくないのは都合がいい――いくつかめのグラフィティアートを確認して、路地を出た。料理店が並ぶ通りである。未だ雨は降っていたが、人通りは多かった。ハオには傘を閉じておくように言って、フードを目深に被って人の流れを掻き分けていく。  適当に突き進んだところで、中華料理の露店の前に出た。小籠包だとか、中華饅だとかが観光客の食べ歩き用に売っている。店員と目を合わせることなく、手早く中華饅を三つ頼んだ。遅れて、ハオが人混みから出てきた。 「はぐれんなよ、わざわざ見つけるの面倒なんだからよ」 「人……多いですね……」 「ああ、まぁ、な」  店員が中華饅を袋に入れて、丁寧に手渡してくる。ちら、と一瞬フードの中を覗くようにして、しかしすぐに視線を下げた。賢明だ――何も言わずに俺は金を差し出し、お釣りを受け取る。明星街の物価はあまり高いわけではないため、しばらくは飢えずに済みそうである。それに煙草は吸わないし、酒なども飲むことはないので、水と食料だけを買い込めば一週間は生きていけるだろう。  露店の商品に――というよりも明星街の食べ物に――興味があるのか、ハオも俺と同じものを一つ買っていた。ハオが商品を受け取ったのを確認して、また歩き始める。 「ハオ、行くぞ」  数歩遅れてハオが付いてくる。そこでふと気づき、足も止めないままハオに尋ねる。 「そういえばお前、どっかホテルとかとってるのか」 「えっ、えぇと、一応とってはあるんですが……」 「何か、問題でもあンのか」 「ちょっと、待ってください……」  ハオは携帯を取り出して、何やら操作し始めた。俺自身、現代に普及している機械系統の扱いには不慣れであるが――どうやらホテルまでの道のりを検索しているらしい。  すぐに、彼は素っ頓狂な声を上げた。 「あ、あれ?」 「どうした?」  ハオがにわかに眉をひそめ、そして画面を俺に見せてきた。俺は不慣れな手つきでそれを受け取り、画面に目を通す。この辺りの地図らしい。別に間違ってないじゃないか、と俺は言うが、ハオはそうじゃないとばかりにかぶりを振った。 「文字化け、してます」  言われて、地名を見る。普段見る通りの名が、よく分からない記号や漢字に置き換わっていた。 「ああ、電波悪いんじゃねえのか?」 「そうなんでしょうか……」  電波の良し悪しで文字化けが起きるかどうかは知らないが。多少地名などが文字化けしているものの、読めないわけではないようで、彼は画面とにらめっこしながらホテルの場所を確認した。  実のところは、何となくながら文字化けの検討はついていた。俺の予想が正しければ、恐らく明星街を出ればその奇怪な現象も直るだろう。 「……とりあえず大きな荷物とか貴重品は、そこにあるんで……最悪、野宿でも大丈夫です」 「鴻業城は冷えるぞ」 「えっと、新聞紙とかって意外と保温性高いって聞いたことあるんで……まあ、それで何とかします」 「それでいいのか、お前は」  裏路地であれだけ潔癖な面を見せておいて、その台詞はないだろう――そう言おうとして、ストレートに言うのは流石に失礼かと思い、しかし結局責めるような言い方をしてしまった。 「えっと、それしかないならそうするしかないっていうか……その……」  何やら喋りにくそうな雰囲気である。心なしか目の焦点がぶれ始めている気もする。 「おい、どうかしたのか」 「いや……街に酔いそうで……」 「なるほどな」  明星街も、違法行為が横行するものの立派な「都市」である。人の往来は中国と違ったものがあるのだろう。 「早く抜けるか」  少し歩くスピードを早める。ハオもそれに合わせて小走りに俺の後を追いかけてくる。ひとまず人通りの少ない方に行こうと思い、表通りを曲がる。 「まァ、ともかくその場その場でどうにかするってことだな」 「は、はい」  ならいいか――。俺は前を向き直る。今はこれ以上話すことはない、という無言の発話であるが、ハオには伝わっていないらしく――図々しくも質問をしてきた。 「あの、ユウヤさん。いくつか訊きたいことがあるんですが……」  俺は少し溜め息をつき、しかし一応取材は受けると言った手前、無下に断ることもできず、結局無愛想に何だよ、とだけ返した。 「さっきの裏路地……壁に絵が描かれていましたけど、一体あれはなんですか……?」 「絵というか、グラフィティアートだな」 「なんていうか、ただの落書きにしてはアートっぽくないっていうか……」 「へぇ」  いいところに気がついたな、と本心から思った。普通の観光客ならばただの落書きかと思って目もくれない代物であるが――どうやら観察眼や直感はそれなりに高いらしい。いい個性だと思ったが、この街では要らないものであった。  それに、わざわざ真相を教える義理もない。取材は受けるといったが、全て本当のことを話すとは言っていない――揚げ足をとっているようであるが、これは俺のためでもハオのためでもあった。その言い訳じみた考えが、自分でも本心からかどうかは分からなかった。 「残念ながら、ありゃただの芸術だよ」 「芸術?」 「さっきも見たろ、金をたかってたヤツら」 「えぇと……あの、地面に倒れてた人たちですか……?」 「俺が倒した奴らだな」  ハオが見ていたタイミングによっては、俺自身が金をたかる側だったと誤解されたかもしれない。だが、考えてみれば常日頃からそのようなことばかりしているため、それを指摘したところであまり変わらないな、と思い直した。 「ああいう奴らが路地裏で好き勝手やってるだけだ。どこの国でも、不良の遊びは同じなんだよ」 「不良、ですか……」  ハオは軽く辺りを見回した。商店が立ち並ぶ合間合間に、路地への入り口が見える。明星街の路地は、暁闇街とは違った形に入り組んでいる。迷わず進むのも困難だが、それ以上に喧嘩や裏取引に遭遇しないようにする方が難しい。慣れてくれば、なんとなく大丈夫な道が分かってくるが――。 「不良っていうよりも、チンピラって感じでしたが……」 「それもあながち、間違いでもないな。だが、まぁ括りとしては不良でいい」 「ユウヤさん、喧嘩でもしてたんですか……」 「まあ……そうだな。一方的にだけど」  ハオはそれを聞いて少し身震いしたらしかった。彼はお世辞にも喧嘩慣れしている風には見えないが、しかし体格はいい方なので堂々としていればまず大丈夫なはずである。 「余程のことがないなら喧嘩吹っかけられるこたァねえよ。それこそ、殺し屋でも来ない限りな」 「殺し屋って……そんな、さっきも言ってましたけど、簡単に依頼できるんですか」 「金さえ積めば簡単にな。それに知らねえのか、海外政府のお偉いさんは結構雇ってたりするぜ」  嘘ですよね、とハオは言う。しかし俺の言葉に諧謔的なニュアンスが含まれていないのを察してか、恐る恐る上目遣いで俺に尋ねてきた。 「……た、例えばどんな人が」  俺は鼻で笑ってから、名前を羅列していく。そういえば中国の要人もいたな、と言うと、本格的にハオは顔を青くした。 「あァ、分かってると思うが、これ報じたらお前、国に消されるぞ」いや、消されるだけならまだマシなのか。もっと酷ければ、最近耳にする実験施設とやらに連れて行かれるのだろう。 「……肝に命じておきます」  言って、彼は即座にメモ帳を破いた。いい心がけである。証拠は少ない方がいい。 「……それにしても、ユウヤさんは不良っぽくないですよね」  彼は誤魔化すようにそう言った。何のことかと一瞬頭に疑問符を浮かべてしまうが、すぐに先ほどのグラフィティアートの話だと思い至る。 「どうしてそう思う?」  言うと、彼は困ったように頭を掻いた。少し意地の悪い質問だったか、と撤回しようと口を開いた瞬間、彼は言葉を続けた。 「……真面目に、取材させてくれます」 「真面目に、ねえ」  既に虚飾をいくつか交えているのだが――嘘を摑まされているということを自覚していないのだろうか。全員が全員、口約束を律儀に守るとは思うなよ――将来、詐欺に遭うんじゃねえか。 「……ハッ」  思わず笑いがこみ上げてきてしまう。今度はハオがどうかしたのかと俺に投げかけてきた。 「いや、俺に不良って言い方は適切じゃない」 「ど、どういうことですか」 「爪弾き者だよ。世界の最果てに来ても、俺に居場所はなかった。透明人間は、雨の中で存在が認識される」  言っている意味が分かりません、と彼は顔をしかめた。俺は構わずに口を開く。 「明星街っていう雨の中に、俺は存在している。もう死んだとばかり思っていたのに、まだ生きていた」 「……あの、ユウヤさんは――」  ハオの表情に、哀れむような色がさした。 「おい、同情するなよ。俺はこの生活が悪いとまでは思ってねえ」 「はぁ……」 「確かに不自由ではあるし、気持ちのいいもんでもないけどな」  この街は俺の育った場所でもある。愛着とまでは言えないが、何かしらの思い入れがあるのは自覚していた。  排ガスやネオン灯の点滅、売女の高笑いも案外嫌いではない。ただ、一つを除いて。  足元に目を向けた。砂利と土塊が靴を汚している。舗装されていない道はまだいくつもあったが、暁闇街よりは整備されている方である。水溜りに足を突っ込み、土汚れを取った。ズボンの裾が少し濡れたが、今更気にしたところでどうにかなるわけでもない。土汚れが取れようが、汚いものは汚いままだ。 「……許容しきれねえものもあるがな」  ぽつりと、そう漏らしていた。 「それは、どういう」 「ああ、違うんだ。今のは聞き流してくれ」  俺は首を掻いた。失言だったとすぐに後悔する。――俺はこんなに口が軽かったっけか、と思いながら。 「まァとにかく、グラフィティアートに関しては、ただの落書きだ。芸術なんて高尚なこと言ったが、それも忘れてくれ」  嘘で包み隠した説明を、雑に吐き出した。 「……あんなん、俺には理解できねぇがな」  正しくは理解したくない、ではあるが。  実際のところは生々しいことばかりである。最近は専らオネとか言う新人幹部の伝言ばかりが多いが、これが中々敏腕なようである――俺でさえ吐き気を催すことが書かれていたこともあった。 「そうなんですか……」  それから、彼はあたりを見渡して呟いた。 「明星街って、結構広いんですね」 「ああ、そうだな」  実際のところは暁闇街の方が広いのだが、という言葉を口の中で転がした。これは隠すこともない、後で話そうと思った。 「しばらくここにいるなら、路地裏もいくつか覚えておいた方がいいかもな」 「便利なんですか?」 「人通りが少ないのが良いな。慣れてねぇとやべえ奴らに喧嘩とかふっかけられるけど」 「やべえ、奴ら」  不良とは違うんですか、とでも言いたげである。 「まァそうだな。人生の落伍者ってモンが、可愛く見えるはずだぜ」  ハオが心なしか俺との距離を縮めてきた。無意識のうちの行動だろう。強い者の側にいる――もしかしたら、俺にもあり得ていた行動なのかもしれない。  幻想じみたことを考えながら、さながらロマンチストだ、と苦笑する。そんなものは考えるだけ無駄である。 「なに、堂々としてりゃまァ大丈夫だ」 「そう、なんですか……」 「俺は喧嘩慣れしてる、裏の社会を渡り歩いてきた、修羅場なんかは赤子の世話と同じ――そんな貫禄くらいはほしい」 「そんな、無茶な」 「言い過ぎなくらいで丁度いいんだよ」  とは言ったものの、一人で路地裏を無事に通ることは、今のハオには難しいことのように感じた。現に大通りを歩いているだけなのに、周りを気にしすぎている。目移りしがちというか、注意散漫というか――。俺といなければ既に脅迫の一つや二つかけられていてもおかしくはない。よくもまあ、明星街をふらふらと出歩けたものである。 「俺は元からここの住人だってくらいに歩けばいいんだよ」 「む、無理ですよ」 「形から入るのもいい。ラフな格好するだけでも結構違う」  見渡す限りの観光客に目を向ける。大概がスーツだとかジャケットだとかを着崩したり、サテンの洒落た服だの、煌びやかであったり露出の多い格好であったりと、少なくとも鴻業城の住民には縁のない服装であった。  こうした人間は単純に明星街を楽しみに来ただけの者が多い。むしろ引き締まった格好をしている方が面倒である。初心者もこの格好をしがちだが、「本物」とは態度がまるで違う。彼らがするのは、ヤクの売買か、抗争関連か、傭兵依頼か――ともかく厄介事を持ち込んでくるのは確かである。  鴻業城の住民の大半は基本的に私服だ。全員が全員そうだとは言えないが、少なくともそうしていれば無駄に裏路地に連れ込まれることも格段に少なくなる。鴻業城の人間が狙うのはあくまでも一部の観光客と外部組織の末端の人間である。もちろん、裏路地に連れて行く方もそれなりのリスクがあるが、基本的に外部組織はドゥーショという後ろ盾のせいで、そういった些細な事件には目をつぶらざるを得ない状況らしい。 「ラフな格好、ですか」  ハオが俺の身体に目を走らせた。  かくいう俺もパーカーにジーンズ、適当に拾ったシャツを着込んでいる程度である。身なりに気にしないでいいのならばボロ服の一枚や二枚、案外見つかるものである。 「……例えば、ユウヤさんみたいな格好ですか」 「自分で言うのもなんだが、多少ボロいともっといいな」 「なるほど……」  ハオはすれ違う観光客をしげしげと眺める。みんなどこから来るんだろう、とでも言いたげであるが、質問が飛んでくることはなかった。代わりに俺の疑問がゆるりと鎌首をもたげた。 「なぁ、参考までに訊きたいんだが、ここは地図だと何て表記されてるんだ」  この質問は、外の世界で暁闇街が存在しているか否か、というのを確認するためである。  暁闇街の話は今のところ、地理と、明星街との関係についてしか話そうとしか思っていなかった。この話題については、仮に問い詰められればある程度は話そうと思っている。その気になれば本土に帰った後でも調べられるだろう。ならば下手に出し惜しみすることもない。記事を書くならば、それなりのネタが必要だ――暁闇街のことで三割くらいは稼げればいいのだが。 「ええっと……確か、『鴻業城』って書いてありました。首都が真ん中にあって、『明星街』だって」 「なるほどな」  ということは、便宜上は明星街がここらの行政区になっているということだろうか――俺は頭に浮かんだ行政区という言葉に、少し自嘲した。 「かなり、変な情報だ」 「間違いなんですか?」 「いや、間違ってはいない。だが……」  実際、この街に行政というものはほとんどないに等しいものだが。 「……明星街の他に、何か街の名前とかあったか?」 「い、いえ……でも、それにしては鴻業城全域って結構広くないですか?」 「まさか、鴻業城に丸々明星街があるわけねぇよ」 「と言うと、他に地名があるってことですか」 「あァ、とは言っても大したことじゃない。明星街の周りには『暁闇街』ってのがある。ただそれだけだ」 「暁闇……?」  未だ明けない街、心の中で返した。嫌な皮肉だ、と俺は続けて思う。  日の出前の闇に包まれた街、暁闇街――その中で唯一夜明けを迎えた街、明星街。鴻業城は、誰もが認めながらも、誰もやろうとしなかった大きな事業の都市。――全く、皮肉もいいところだ。  麻薬売買のどこが、人身売買の何が「誰もが認めながら」なのだろうか。むしろ忌避されるような商売だろう。窃盗や引ったくりの方が可愛く見える。そんな心の葛藤を知ってか知らずか、ハオは無邪気に俺に問いただす。 「……それで、鴻業城って広いんですか」 「それは、縮尺ってやつで見ればすぐ分かんだろが」 「そうでした」  ハオが鞄から地図を取り出し始める。しかし明星街で長時間立ち止まるのはあまりよろしくないため、早々に答えを言ってやる。 「鴻業城全土だと、五キロ平方くらいある」 「へぇ……」  ハオは大人しく地図を閉じて、俺の後ろを追いかけた。そして、五キロ平方という距離をじっくり吟味してから、明らかに表情が変わった。 「五キロって……なんですか……?」二つしか街がないのに、と続ける。 「さぁ、ぶっちゃけ俺は他の国の街がどんな大きさなのかとか知らねぇからな。俺はその五キロっていう広さが大きいのか小さいのかとかはよく分からねぇ」  そもそもの話、鴻業城裏側の全貌を知る者など、多くても数十人程度しか存在しないだろう。それは単純に、鴻業城表層だけでも異常なほどの情報量があるためである。ダークウェブなどというものを聞いたことがあるが、それと同じようなものだろうか。 「……いまいち、実感が湧きません」 「ここは廃材塔が見下ろす街、とか言われてる」 「廃材塔……?」 「明星街の乱雑さを揶揄したものだろうな。誰が言い出したんだか、悔しいくらいに正しい言葉だ」 「その、廃材塔……とは」 「あれだよ」  ちら、と俺は明星街の中心部に目を向けた。鬱蒼とした雲に紛れるように立つビルのシルエットが、不気味に揺らめいていた。廃材塔――ガラクタでごった返した、掃き溜めの集合体。  この街で毎日を生きていくには、深層に潜るだけの度胸があるか、あるいは表層のみで上手く生きていくかのどちらかでしかない。 「……それで、他に訊くことねぇか?」  これは親切心からではなく、面倒事は早く終わらせたいという気持ちから出た言葉である。ハオは少し考えて、口を開いた。 「あれ……あの、道の端に立ってる人みたいなやつ、なんですか……?」  ハオが指差す方向を見ると、そこには姿勢良く直立し、両腕を地面と平行になるように――あるいは胴体と垂直になるように――あげたモノが立っている。 「案山子だ」 「案山子」  ハオは知らないという風に復唱した。 「本当は畑とか田んぼとかを鳥から守るために立てるものらしいんだがな」実際のところ、それに明確な効果があるのかは知らないところであるが。 「看板みたいなものだ」 「なら、普通に看板でいいじゃないですか」 「それだとスプレーで落書きされるからな」  ぐるりと辺りを見渡す。人の波は一時的に流れたようで、先ほどよりは多少歩きやすくなっていた。ハオを振り返って、短く言う。 「裏通りに入る。はぐれるなよ」  そうして俺は足早に歩みを進めた。ハオもその後ろをついてくる。途中でハオは思い出したかのように口を開いた。 「……そういえば、今はどこに向かっているんですか?」  そういえば言ってなかったな、とこればかりは俺も反省する。情報を共有しないのは俺の悪い癖である。 「俺の家だよ。ちょっと歩くぞ」 「家……ですか」少し戸惑い気味に復唱した。正直、気持ちは分からないでもなかった。 「どんなところなんですか」 「なァに、雨風はしのげるさ」 「雨風って……」  ハオが顔をしかめた。都会に生きる人間にそのような家はあり得ないも同然なのだろう。 「今はもう廃墟同然だがな」  ハオの顔に不安と緊張が走った。一体どんな場所なんだ、とでも言いたげな顔である。言うほどの場所じゃないんだが、と俺は頭を掻いたが、口にはしなかった。実際に目で見れば否が応でも分かるため、話す必要がないと判断したのだ。 「とにかく、着いてみれば分かるだろ」 「そう、ですか……」  それ以降、特に会話はなかった。 * * *
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