【透徹した身体と不揃いの倫理】

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【透徹した身体と不揃いの倫理】

********** 「不思議なものだ、お前は」  シドと名乗る男は、廃材の一角に座り、煙草をふかしながら言った。――これはいつか、見たことがある光景だ。すぐに、十年前くらい前の記憶だ、そしてこれは夢だ、と気づく。しかし、夢の中のシドが放つ言葉は止まらない。頭の中でやめろ、と叫ぶが、それは声にならなかった。幼い頃の俺はただ、それを黙って聞いているだけであった。 「透明人間ってことはよ、網膜も透明ってことだろう?」  ぴん、と煙草をこちらに放る。煙が揺れ、独特な匂いが鼻腔を刺す。当時、シドの言っていることはよく分からなかったが、同情と少々の優越感を含ませた物言いであることだけは分かった。 「じゃあ何でモノが見えてるんだよ、神経を伝って脳が理解しているのは分かるが、その神経に情報は伝わってないはずだろうが」  ネグドのジジイでもあるまいし――。シドはそう続けて、廃材から立ち上がり、どこからか二本目となる煙草を取り出す。シドは重度の愛煙家であったのを覚えているが、当時からこのペースで喫煙していたならば今頃はどこかで――とも考えてしまう。  それはそれで願ったり叶ったりなことである。だが――至極憎たらしいことではあるが――シドにはほとんど有り得ない話のように感じた。あの男は、煙草などという陳腐なモノで死ぬわけがない。  認めたくはないが、そんな確信があった。  夢の中のシドは俺の――フードを被った頭を軽く叩き、そしてその中を覗き込む。俺の顔など見えるはずがないと分かっていながらも、全てを見透かされたような気持ちになった。  彼は嫌味に笑う。 「なァ、ユウヤ。お前が見ているものは本当に正しいのか?」  紫煙が空に消えていった。 * * *
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