仲間たち

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 警察本部内の地下には、全く使われていない倉庫が存在する。乱雑に段ボールが積まれた倉庫のつきあたりには、誰も知らない扉があった。扉横の小さなパネルを開けて、特定の人物が網膜と指紋をスキャンすると扉が開く仕組みになっている。扉が開いた先にはこぢんまりとした会議室があった。  室内にはよく見かける長机とパイプ椅子、ホワイトボードが置かれている。ホワイトボードの隣にはもう一枚の扉があり、扉の奥には様々な武器が並んでいた。  ここは警察本部内といえども、特殊な空間だった。警察本部で勤務する警察官でも、この場所の存在を知る者は五人以外、いなかった。 ◇       ◇       ◇         ◇  パイプ椅子に座ったトウリが、マフィンにかぶりついた。ナッツ、フルーツが入ったマフィンからは良い匂いがする。あたしも欲しい。 「それ、美味しそう。あたしにも頂戴」 「レイラも食べる? 新製品だよ。はい、どうぞ」 「トウリ、お前はまた食いもんか」  新聞を読んでいたリュウさんが、冷ややかな視線を投げつけた。 「リュウジにはあげないよ」 「いらねぇよ」  わいわいと騒いでいたら、乱暴にドアが開き、不機嫌な顔をしたアンが入って来た。彼女はドカリとパイプ椅子に座り、トウリのマフィンを横から奪い取り、口に放り込んだ。 「あ、それ最後の1個」トウリが声をあげる。が、すでに時遅し。アンはトウリを一睨みして、盛大な溜息をついた。 「全く嫌になるわよ。刑事一課長、ご飯行こうってしつこいんだから」 「でもさ、あんなキャラで愛想を振りまいていたら仕方ないよねぇ。本当のアンは、泣く子も黙る冷酷な殺し屋なのに」あたしは含み笑いをした。 「誰が冷酷な殺し屋なのよ。だいたいレイラ、その子供っぽい喋りかた、何とかならないの?」  不機嫌な声が返って来る。あたしも負けじと言い返した。 「子供っぽくないもん。第一、あたしの年齢って分かんないし。もしかしたらアンよりずっと若いかも」 「いや、絶対に20歳は超えてるから。もしかしたら私より年上かもね。レイラお姉さん」  アンがすかさず、突っ込みをいれる。 「その喋り方はリュウジの好みでしょ。リュウジってロリコンだったりして」  トウリがにやにやしながらリュウさんを指さす。    「お前……殺す」  リュウさんが、鋭い目を一層細めてトウリを睨み付けた。 「おお。怖い、怖い」  トウリが肩を竦めた時、ドアが開いて班長のエイジが入って来た。 「楽しそうにやっとるな」 「班長、遅いわよ」  アンが咎めると、エイジは「すまん」と両手を合わせた。 「いやぁ、落とし物のイグアナが逃げ出してな。捕まえるのに苦労したんだよ」 『イグアナって……』リュウさん以外の声が重なった。  動物好きの班長は、遺失物、俗に言う落とし物を扱う会計課に籍を置き、誰に頼まれているわけでもないのに、各警察署に届けられたペットをまとめて世話をしている。  首輪のついた犬猫が来ればあらゆる手段を使って飼い主を見つけ、検挙率ならぬ、飼い主へ引き渡し率が100%らしい。  彼も表向きは普通の警察官であり、階級は警部。本来、動物の拾得は県の専門機関に任せることが多い。そのため、必死に飼い主を探す彼は、動物好きの変わった人だと陰で言われ、会計課内では浮いた存在だ。  動物には優しいけれど、動物の命を粗末にする人間には厳しい班長。彼は以前、保護するべき対象者を殺害しかけたことがあった。保護する対象者は子犬のブリーダー。  事件が片付いた時、現場に溢れていた子犬たちを見たブリーダーは『こいつらは金になるただの商品。もう用はないから、保健所にでも連れて行って殺処分しておいてよ』と言い、班長はその言葉に激高した。ブリーダーに飛び掛かり、殴りながら絞め殺そうとした。保護するべき対象者を殺しそうになったので、あたしたちは慌てて彼を止めた。抹殺しろと命じられた人間は容赦なく殺すくせに、子犬の命となるとそうはいかないらしい。  そんな班長があたしたちの顔を一通り見て、口を開いた。 「お前達、この前はご苦労だったな。他の場所にいた工作員も一斉に始末できたみたいだ」  班長の話によると、どうやら潜伏場所は一か所ではなかったようで、あたしたちのように秘密裏に動く人たちが、あの日同時に敵を抹殺していたようだ。 「それにしても、あんな怪しい潜伏先が全国に何か所もあったなんて驚きだよ。土地の持ち主とか気がつかないのかな」  ほうと溜息をつくとアンが呆れた顔でこちらを見た。 「あのねぇ、あんた知らないの? この国の土地、知らない間に外国人に買い占められているんだよ。相変わらずレイラは世間知らずだね。ここに来るまでは、どんな暮らしをしていたんだか」 「それにしてもあんな大仕事、少人数の俺達じゃ無理だから。命がいくつあっても足りない。班長、次からは頼みますよ」  トウリがドーナツを頬張りながら口を開いた。彼の前には色とりどりのドーナツが並んでいる。いつの間に置いたんだろう。 「まぁ、俺たちがあんな任務を任せてもらえるようになったのは、それだけ俺達が成長したってことだ」  確かに班長の言うとおり、あたしが班に入った頃は銃撃戦の任務なんてなかった。せいぜい表に出れば大騒ぎされるであろう事案を、あの手この手を使って揉み消すことぐらいだった。しかし、最近は銃を使う任務が増えている。
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