彼との日常

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 しげしげと石を見つめていたら、リュウさんが真顔であたしの顔を覗き込んだ。 「レイラ、今日は本当に大丈夫だったか」 「何が? ああ、高垣翔の事? 大丈夫だけど、あの人の怪しさは満点だよ。でも、なんでそんなに気になるの?」  今まで何度か身分を隠して対象者に接触していた。相手が男の場合、アンが色気たっぷりで近づくことが多かったけれど、あたしだって男に色仕掛けを使ったことがある。  この前も、ある名前の知れたお偉いさんが、女子高生相手に何度も買春をしている事案があった。アンでは無理があると言われ(彼女はかなりむくれていたが)あたしが女子高生に扮して、対象者の身柄を確保したのだ。  マスコミに知られるとまずいという理由で、うちの班にお呼びがかかり、結局、あの事件は今でも表に出ないままだ。あんな奴、世間に晒した方がいいと思うけれど、そこはあたしの範疇外なので、どうすることもできない。  とにかく今までも変態趣味のロリコン親父にも、ちょっとイケメンの大学教授にも任務を遂行してきたのに、リュウさんが心配したことなんて一度もなかった。   今までのリュウさんはこんなこと言わなかった。どうしたんだろうと首を傾げて彼を見る。 「いや、なんとなく。嫌な予感がした」  リュウさんはぼそりと呟き、あたしから目を逸らして缶ビールを飲み干した。 「嫌な予感? 確かにあれは無類の女好きだね。でもあたし、あんなに軽い男は絶対にヤダ。何かあったらちゃんと自分を守るから。あたしの好きな人、知っているでしょ?」  苦笑いした次の瞬間、強い腕に抱きしめられた。 「リュウさん?」 「俺は己惚れて良いのか」  逞しい腕に抱きしめられ、耳元を掠める彼の声に自然と顔が赤くなる。 「そんなこと言うなんてズルいよ。あたしには……リュウさんしかいないのに」  吐息と共に吐き出したあたしの言葉に、リュウさんがピクリと震える。 「おい、煽んなよ……」  彼の口から漏れるその声も、酷く掠れていた。見つめあう瞳の中には、お互いしかいない。当たり前のように顔を寄せてキスをした。絡み合う熱と溶け合う吐息の中で、あたしたちの甘い夜が始まろうとしていた。
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