その男、要注意

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 警務部に戻ると、上司から声をかけられた。 「白兎さん、午後から総務部の応援を頼めるかな? 見学の案内係なんだけど」 「案内するのは小学生ですか?」 「ああ、小学生60人と引率の先生だって。急に悪いね。広報の子が早退したらしくてさ。総務部から直々にご指名があったんだ。以前に一度やってもらったのが、好評だったみたいだよ。悪いけどよろしく」 「分かりました」  見学と言うのは、一般の人があらかじめ予約して、警察本部庁舎内を見て廻ることだ。小学校の社会科見学に利用されることが多く、だいたいのスケジュールは決まっていた。    今日もまずは、通信指令室と呼ばれる110番を受信する部屋を見たあと、各フロアの入り口まで行き、仕事内容の説明を聞いたり質問したりする。そして鑑識の指紋採集をやってみたり、白バイやパトカーに触ったり乗車体験をしたりして、最後に県警音楽隊の演奏を聞いて終了する予定だった。  あたしは案内係の警察官なので、引率の先生と一緒に各フロアを回り、それぞれの課の紹介や勤務内容を説明し、質問があれば答えていた。小学生たちは、初めて見る警察施設の内部に興味津々といった様子だった。中には、置いてある装備品を勝手に触って、先生に怒られている男子生徒もいる。  交通部のフロアを通った時、交通規制課の受付前には申請書類を持った人が並んでいた。制服姿のリュウさんが黙々と仕事をこなしているのが見える。制服姿もかっこいいなぁとにやけていると、一人の女の子に「あのぉ」と声をかけられた。にやけたのがバレたのだろうかと強張った顔で見つめると、彼女は恥ずかしそうに口を開いた。 「私、お姉さんみたいな警察官になりたいんです。お姉さんは警察の事を何でも知っていて、すごいですね」  彼女は見学の最初からあたしの話を真剣に聞いて、熱心にメモを取っていた。 「そっか。じゃあ勉強も運動も頑張って、立派な警察官になってね」  にやけていたのがバレたんじゃなくて良かったとホッとしていると、彼女がまた「あのぉ」と言った。 「私と握手してもらっても良いですか?」 「え?」  ごくあたりまえに掌が差し伸べられた。勿論だが、この子には何の裏も計算もない。 「ええと、ゴメンね。あたしの手は汚れているから……」  銃を持ち、多くの人を傷つけてきたあたしの手。つい先日の銃撃戦が脳裏を過った。目の前にいる純粋な子に触れさせるわけにはいかない。 「お姉さん、何か触ったんですか? ペンとかついたんですか?」  女の子は不思議そうな顔であたしの手を見つめた。 「そ、そうなの。汚れているのよ。貴女の手についちゃうといけないし」  やんわりと断るが、「お姉さんの手、綺麗ですよ?」と彼女はあたしの右手を両手で握りしめた。柔らかくすべすべの手に包まれてドキリとする。  すると、それを見ていた他の生徒達が私も僕もと握手を求めてきた。 「こら、あなた達。警察のお姉さんが困っているでしょう。やめなさい」  引率の教師が生徒達を窘める。 「いいんですよ。こちらの方が元気をもらえました。みんな、今日はありがとう」  次々に伸びて来る手と握手を交わしながら、ほほえんだ。当たり前の生活とはこんなにも心地良いものなのか。彼女達の安寧な未来のため、あたしにはするべきことがあるんだと、心の片隅で思った。
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