雨宿り(晴れ男と雨男編)

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雨宿り(晴れ男と雨男編)

    だんだんと薄暗くなって行く空、しとしとと降り注ぐ雫――雨、だ。     ついてない。 さっきまでは憎たらしい程の快晴だったってのに、遊びに出ようと外に出てみりゃこのザマ。   快晴だっただけに、当然。傘なんて物は持ち合わせておらず。 なのにも拘わらず、雨はざあざあと強くなっていく一方で――   「……何で、かなぁ」 「何がだい?」 「相手が月之宮や錦織ならまだしも、何でお前と雨宿りしなきゃなんねぇのかなって」 「それはこちらが聞きたい位だよ」    嫌味の無い笑顔が却って嫌味になっている事に、コイツは気付いて居るんだろうか? この腹黒烏の事だ。こういう笑顔こそ武器なんだろう。 と言う事は、笑顔を受けた俺の心境を気付いてない訳がない。絶対わざとだ。そうに違いない。    「お前実は雨男だろ?」 「はははっ……否定はしないさ」   コイツの場合、襤褸を出さない辺りがまた嫌味なんだよな。   さて、寺院からは大分離れたこの場所。 ずぶ濡れ覚悟で帰るか、雨が落ち着くまで待ってみるか。 果たしてどちらが良いのやら……。    「そう言う君は――」 「ん?」 「晴れ男、なのだろうな」 ふと見せた穏やかな表情。 褒めているのか、はたまた嫌味なのか。 コイツの場合、判断が難しい。 これが粂なら完全に嫌味だと判断出来るものの、浅葱は違う。 粂がひん曲がった性格なら、コイツは捻じ曲がった性格。 良い時と悪い時での偏り方が余りにも酷い。極端なんだ。   「まぁ……思い返せば、大事な日に雨が降ってた記憶ってあんまりねぇかも……」   差し支えの無い返事に曇りを見せた表情。やはり嫌味だったのだろうか。   「じゃあ今回は自分の勝ちと言うわけだ」 「何の勝負の勝敗だよ」 「話の流れからして、雨男と晴れ男の勝負しか無いだろう?」 「あぁ、そう……」     天然発言は今日も斜め上を行っている様だ。 勝ち誇った顔がまた、それに磨きを掛けている。 張り合うものが下らな過ぎて、最早突っ込む気にもならない。   「雨は嫌いじゃないんだよ」 「へぇ」 俺とは違い、浅葱は少しだけ楽しそうだ。 瓦屋根から伝ってくる滴を掌で捕え、穏やかな顔をして――この状況を楽しんでいる証拠だろう。   流石は美形と言ったところ。 そんなふとした仕草ですら、いい絵になっている。   それを見、俺はつくづく思う訳だ。早くこの場から去りたい、と。  「白も雨が好きだったからね」 「…………」   穏やかな表情は見る見る切なげな表情に。 嗚呼、暗い。 感傷に浸るのは勝手だが、俺の居ないところでやってくれと。 月之宮関連の事なら尚更だ。 俺達は友達以前に恋敵同士。 この場合、激励の言葉にもそれ相応の気遣いが必要不可欠。 そしてこの隣に居る男は、無駄に物事を深く考えてしまう傾向にある。 天然も相まって、解釈の仕方がおかしい事もしばしば。 それら全てを引っ括めたら、 今の俺の立ち位置は非常に面倒くさい。 そう。掛ける言葉が見つけられないんだ。   「彼女が雨を好きなら、それだけで雨男の自分に誇りを持てた……けれど、今は違う」   握る拳から溢れ落ちる一滴。 やっぱり暗い。そして面倒臭い。  俺は多分、責められてる。 浅葱の雰囲気がそれを如実に物語らせているのだから。   ビンビン伝わってくるのだ。 奴の拳から、哀愁や口惜しさが……    「……居場所を奪われた気分だよ。晴れ男に……太陽に」 「…………」   毒々しい台詞を爽やかな笑顔で言い切る辺り、やっぱりコイツは腹黒い。 晴れ男って重宝されるもんだと思ってたけど、世の中は広いってもんで。逆に疎む奴が居るのもまた当然の事。 だがこうも正面を切って皮肉をかまされると、晴れ男の俺としては立場が無い。   「お前本当に俺が嫌いな」 「そんな事はない。数少ない友人の一人だと思っているよ」 「そうかな? お前が言うと“晴れ男”も“太陽”も、皮肉にしか聞こえねぇんだけど?」   核心を突いたと思ったのに、そこで途切れた会話。 奴から漂ってくる暗い雰囲気ばかりが心に重く伸し掛かる。   コイツは俺に何を言わんとしてるのか。   腹に何かどす黒いモノを溜め込んでいる事は普段の嫌味から察せる。それが月之宮関連のモノだと言う事も明白。ただ、それが何かが全く解らない。   嫌味を聞く度にいつも思うが、 言いたい事があるならハッキリと言って来て欲しいもんだ。 小出しばっかりでは、こちとらぶつかるにぶつかれないから。   「心底嫌悪する事が出来たらどんなに楽か、とは思うよ」 「…………」 「そうしたら、ひたすらに否定する事が出来るからね。『君は彼女の未来を危惧する存在だ』、『彼女の傍に居てはいけない存在なんだ』って」 「何だと……?」 「今の白に君を退ける言葉は通じない。 ならば君から退いてもらうしか道は無いと言えよう?」   挑戦的な眼つき。 睨まれている、と言うよりは蔑まれている。 これがコイツの根底に眠っているドス黒い本心、なのか?   「お前――「だがそれは出来ない。彼女が君に好意的なのも、今は素直に頷ける……」   苦笑を浮かべ、ゆっくりと視線を伏した浅葱。 反論は許されなかった。納得がいかない。   けれども、反論する雰囲気は霧消してしまった。 目の前の男が見せた、優しい微笑みのせいで――   「どう言う意味だよ……」   「まさか意訳させる気かい? 男相手には余り使いたくない台詞なのだが……」 「言わなきゃ伝わらん事もあるだろ?」 「あぁ……そうか。ならば敢えて言おう。君が好きだ、と」 「……」 「…………」 「「…………」」   躊躇する事無く言い切りやがった。しかも笑顔で。 コイツ、爽快な笑顔かます場面を著しく間違えてないか?   嗚呼……聞かなきゃ良かった。 鳥肌が立ち始めているのは気のせいじゃない。 ぞわぞわ、ぞわぞわと全身を駆け巡る冷寒…それ故、か。シャレにならん位に空気が凍っている。   「直球過ぎるだろ……もう少し言葉を選べよ」 「だから言ったろう? 男相手には余り使いたくない台詞だと」 「それにしたってだ! 無いわ……無いわあぁ~!!」 頭を抱えて叫べば、クスクスと笑い始める。まずその反応が無い事に気付いてくれ。 それが許されるのは可愛い女だけだと小一時間程力説してやりたい気分だ。   これが女だったら最高のシチュエーションと言えるが、何で選りに選って浅葱なのか… この空間に至らせた雨を俺はとことん憎む。 お門違いでも構わない。 憎んで憎んで憎んで憎み切ってやる!   「雨……、止みそうにないな」 「んだな。ずぶ濡れで帰るしかないかねぇ……」   二人、空を見上げるが雨の強さは相変わらず。止む気配なんて何処を見渡してもありやしない。 仕方ない、帰るぞと言葉を掛けようとしたそんな時、   「ん……?」   肩に乗っかる手。 「たまにはこんな暇の潰し方も良い」と、紅眼は弧を描き。   急に何を言い出すのやら。 男相手にそこまで言っちゃう自分が虚しくなったりしねぇのか…?   「お前マジに天然な。参るよ」 「急に何の話だい?」 「……別に」   嗚呼、雨よ。早く止んでくれ。 俺の虚しさが募る、その前に――      END 【オマケ】 「さすがに街行く人の視線が痛ぇ気がする」 「見映えが悪いと?」 「大の男が二人仲良く雨宿りしてりゃ、変に勘繰る奴が居ても不思議ねぇだろうさ」 「まぁ、君の言うことには一理ある。人が消えたら教えてくれ。対処させてもらうよ」 「対処?」     ――そして。     「居なくなったな」 「了解」 「何をするんだ?」 バフッ 「……これなら大丈夫だろう?」 「成程ね。それが出来るなら始めから烏に化けててくれや……」 「はははっ……肩、借りるよ」 「どうぞ」 ――30分後 「雨脚が弱まってきたな」 「(そうだね。このまま止んでくれれば良いのだが……)」 「大丈夫だって。ここからは晴れ男の力量を発揮してやろうじゃないの!」 「(期待しないで待ってるよ)」 「期待位はしてくれたって良いだろ……」   クスクス、クスクス   「ん?」   「あの人……、烏相手にお喋りしてるわ」 「寂しい人ねぇ~」     「…………」 「(……フッ)」 「何すかしたように笑ってんだ。 お前のせいで奇異の目で見られちゃってんだけど?」 「(君は目立つからな、色んな意味で。外見からして自己主張が激しいと言うか……)」 「自己顕示欲は然程強くねぇつもりなんだけどなぁ~……派手なのはもう卒業! これからはひっそりと生きて行きたいもんだ。年だし」 「(ならばその髪型から変えるべきじゃないのか?)」 「何度言わせりゃ解るんだよ。俺はこの髪型気に入ってんの!」    「ままぁ、僕もあのカラスさんとお喋りしたい~」 「しっ! 駄目! あの人とは目を合わせちゃいけません!」 「でもカラスさんが「カラスさんは喋りません! 行くわよ!」     「…………」 「(幸せそうな親子だね)」 「ボケたコメント辞めてくれよ。お前のせいでとうとう変質者扱いなんだけど……」 「(間違っちゃいないだろう?)」 「……だあぁあぁっ! うっせぇ馬鹿黒烏が!! そして雨の神様!! 晴れ男が願ってんだ! 早く雨上がらせてくれっつーの!!」   「(変質者ぶりが加速してるよ)」 「そりゃお前のせいだよ!!」
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