引きずられる音

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引きずられる音

私の先日入籍した夫の元後輩がコンビニのオーナーになったの。 …ああ、そのコンビニはもうないんだけどね。 やたら出入りが激しかったあの角のコンビニよ。 オーナーになったその人は、いなくなる二日前に私の後輩と入籍した。 これはその人がいなくなった後の話。 私の可愛がってる後輩は、数ヵ月前にずっと付き合ってた人と入籍したの。 私もその子もすごく嬉しくてはしゃいでた。 その子の旦那さんになった人は、本当に偶然なんだけどね。私の先日入籍した彼の元後輩だったの。 彼は特に言ってなかったけど、向こうの人はすごく彼に懐いていたみたい。 その人は何ヵ月も前に私たちの地元に来て、コンビニのオーナーになったの。 もちろん私の後輩も一緒に来て、コンビニの店長として頑張ってた。 オーナーと店長は違うからね? 夫婦でコンビニをやるんだったら、オーナーが旦那さん・店長が奥さんって所が多いみたい。 経営も軌道に乗ってきて。 金銭関係も人間関係も良好。 ずっと付き合ってた二人も将来を誓って入籍して。 幸せの絶頂にいたんだよ。 それなのに。 その人は急にいなくなってしまった。 いなくなる理由なんてこれっぽっちもなかった。 彼女はその人がすぐ戻ると信じてお店を回した。 深夜での出勤も入るようになった。 安全面を考慮した二人でのシフトは彼女の旦那さんになった人が考えたもの。 それでも店内に一人だけっていう時間はできるよね。 そのときに少しだけ、変な放送が流れたんだって。 初めは無音。音楽とかの途中なのに、ぶつりと急に音が途切れたんだって。 一回だけだったら、まあそんなこともあるかなって思うんだけど。 こんなことが二回三回…四十回なんて続いたんだって。 それは決まって彼女が深夜に一人の時に。 しかもその無音だった放送に変な音が少しずつ混ざり始めたんだって。 ………… …ざっ……… ざっ………ざっ……… …ざっ………ざっ… 何かを引きずる音が混ざり始めた。 ざっ……めて…… …ざっ……い……はな…ざっ… …いや…ざっ……ざっ……て…… 誰かの声が混ざり始めた。 その声は。 ……ざっ……ざっ…タス…ざっ… 彼女が帰りを待つ、彼のものだった。 …タス…ざっ…ケテ……ざっ…××… 彼の声が彼女の名前を呼んだ。 「タスケテ ××」 その話を私と私の方の旦那さんに話しているとき、彼女は泣き崩れていた。 あの声は絶対にあの人だ 私はどうすればいいの? あの人が助けを求めているのに自分は何も出来ないの? 彼女はもう限界だったんだと思う。 今日も彼女が心配で、私の旦那さんと一緒に話を聞きに行く予定なの。 でもね。 さっきその旦那さんからとんでもない連絡がきた。 いなくなったその人からメールがきたんだって。 「センパイ マッテマス タスケテ」って。 LINEだったから彼はその後いくつかメッセージを送ったらしいんだけど、既読は付かないんだって。 待ち合わせの時間までまだ余裕がある。 自分を指名してきたんだからできる限りやってみるって、彼は言ってた。 色々調べてみるって。 そう。 ここまでが私の旦那さんも知っている「引きずる音」の話。 でもね、実はその話には続きがあるの。 彼女と親しかった私が聞いた話。 「タスケテ」って声が聞こえた放送の後も、変な放送は続いた。 でも、なんか変なんだって。 ざっ、っていう引きずる音が…例えばその音を足を引きずる音だとするでしょ?それだと、一応足を引きずっている人は自分で歩いている状態になるよね? それが… ずるっずるっ、って引きずられる音になったんだって。 なんか重い荷物を引きずる時に出る音。 その時には、声はもう聞こえなくなってたんだって。 ただ、得体の知れない不安が彼女の心を支配した。彼はどうなってしまったの?って。 彼女はもう不安で不安で、毎日深夜に勤務時間を作ってた。その「放送」を聞くためだけに。 その引きずられる音は始めはゆっくりと。 …ずるっ……ずるっ… 次第に速く、容赦なく「物」を引きずるような音になっていった。 ずるずるっ…ずるっ…ずるっ…ずるずるっ… ずずっ…ずるずるっ…ずずー…ずるずるー… それは普通じゃ考えられないくらいの速さで引きずられる音なんだって。 しかも、それを聞いていると自分の体が引きずられているように感じる。 真っ暗な穴の奥へ引きずられるように。 しかも時折、がさがさと何かが擦れるような音も混ざるんだって。 足になにか巻き付いている気がするんだって。 彼女、言ってたわ。 「ああ、もうダメなのかもしれない。」 ♪~ 私のスマホにLINEが入った。 彼女からだ。 私の可愛い後輩である彼女はとてもいい子なの。 もちろん、その旦那さんとなったあの人も。 私は、二人を助けたい。 もう、手遅れなのかもしれないけど。 私は最後まで諦めたくない。 ××からのLINEメール 「センパイ ゴメンナサイ」 その日、彼女に会うことは結局できなかった。
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