百物語

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 とっておきと言ったところで、他の参加者達の話も面白さにおいては大同小異。所詮素人が語るのだから、仕方がない。  だから必ず参加者に一人、噺家や幇間といった玄人を呼んであり、取りに一席ぶたせるのが常らしい。  さすが、玄人の話芸だけあって、真に迫った話しぶりは、面白い、というよりは、十二分に大崎の背筋を凍らせた。  その彦八が語った話しというのが、己が殺めた者の幽霊に追い回される、というものだった。どこまでもどこまでも、足音がついて来る。  いや、それが本当に幽霊なのかどうかは定かではない。  だって、振り向くことができなかったのだから。  あやしのものに追われたら、決して振り向いてはいけない。  これは、子どもでも知っている常識だ。  万一姿を見てしまったら、彦八が語った通り食い殺されてしまうとも、あちら側へ連れて行かれてしまうとも言われている。  そんな時は、履き物を片方その場に残して来れば助かるというのも、よく知られていることだ。  翌朝その場に戻り、どんなに探してもその履き物は見つからないそうだ。おそらく化け物が身代わりに拐っていってしまうのだろう。  話の主人公は武士だったから、片足裸足で歩くなど考え難い屈辱だったに相違ない。それでもついに、恥を忍んで草履を片方脱いで置いて帰った。  だが、遅かったのだ。  数日後、彼は自分が殺めた者を沈めた淵に、自ら死体となって浮かぶことになる。  幽霊の仕業かどうかはわからない。だって、とうとう彼は振り向かなかったのだから。  何はともあれ因果応報というものでございましょう、と彦八は締めくくった。
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