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結末
下山先生は夏のボーナスでの評価が、どん底だったらしい。
妹尾マネージャーから手渡されたボーナスの明細書を見た直後の顔が土気色になっていたから、何も聞かなくても分かった。
「在宅業務をこなせないような人は、評価のしようがないからねぇ」
妹尾マネージャーは査定基準を、そう説明した。
在宅業務とは、この数年で広まってきた制度で、医師の依頼を受けて患者の自宅まで薬の配達、説明を行うもの。薬局の新たな収入源として、期待されている分野ではある。
しかし下山先生は今までこの在宅をやってこなかった。
「女一人で患者の家へ上がって、そこで何か問題があったらどうしてくれるのよ」
そう主張して、全てを篠原先生に押し付けていたのだ。まぁ、丘町店は施設と提携しているわけでもなくて、在宅の依頼者も個人宅ばかりが4軒だけだったから、今まではそれでも特に問題が無かったのだが、その在宅業務への貢献度合いを評価されるとは……。
「べ、別に……私だって今後どうしても必要ってことならやるけど」
下山先生はわななく唇を強く噛みしめていた。
彼女がこれまで在宅業務を回避していたのは、襲われるのが怖かったからではない。掃除が行き届いていないことも多々ある個人宅へ上がりこむのが生理的に嫌だったからだ。さらに、その後に書く長ったらしい報告書が面倒くさかったらしい。
マネージャーもその辺りはしっかり把握している。それでも、下山先生に強く命じてへそを曲げられたら困るから、と今までは見逃してきたのだ。
それが、いまやあっさりと自己主張を捨てている。そんな下山先生に対し、妹尾マネージャーは鼻で笑っていた。
「うん? でも下山さんはか弱いから、エンシュアリキッドを持って5階まで階段で登れないとか前に言ってなかったっけ?」
エンシュアリキッドとは1缶250ml、一箱24本入りの栄養補助剤。まぁ、確かに重い。そして古い市営住宅なんかだとエレベーターが無いところも多いから、夏場のお届けでは篠原先生も汗だくになっていた。
「それは分けて運べば平気だし」
「へぇ。5階まで往復するほどの根性あったんだ。まぁ、どっちにしても運転免許証がないから厳しいよね」
そう、在宅を担当するには車を運転できたほうがいい。自転車で回り切れない遠方からの依頼もあるから。
「いやぁ、まさか普通運転免許が薬剤師免許より重要になる時代が来るなんてなぁ」
妹尾マネージャーは口角を吊り上げる、意地の悪い笑い方をしていた。
「あぁ、もしかして普通に持ってるんだっけ? 普通免許だけに」
くだらない親父ギャグなんて飛ばしている彼の顔は、ひどく歪んで見えた。
今まで散々手を焼いてきた同期の鬼婆をやりこめられて、さぞや嬉しいのだろうが、いじめられっ子がいじめっ子に転じる瞬間を見てしまったようで、さくらとしてはあまり気分が良くなかった。
結局、二人とも逆らえない弱い立場の人間をいたぶって楽しんでいるだけで、同じ穴の狢だったのかもしれない。
終わりのない職場イビリに、さくらはうんざりとしたため息をついた。
下山先生のすごいところは、この後からだった。
「おはよう、須田さん。今日も暑いわよねぇ。自転車で通うのも大変ね」
翌朝の勤務から、彼女はなんと満面の笑みでさくらを出迎えたのだ。まさか下山先生がさくらに対してぶりっ子モードを発動する日が来るとは夢にも思わなかったもので、さくらは薬局の入り口でそのまま固まってしまったくらい。
彼女の愛想のよさは篠原先生にも向けられ、おかげで調剤室の中の空気はとても良くなったが、あまりの変わり身の早さにさくらの気持ちの方がついていかれず、薄気味悪く感じるくらいだった。
「ボーナス査定が一番下のランクだった人は今後リストラ対象になるって、噂になってるんですよ」
下山先生が一人で昼休憩に入っている間に、篠原先生がそっと教えてくれた。
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