結末

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「多分、下山先生はそれを気にしてるんです。円満な店舗運営も薬局長の評価基準なんで」 「だからって今までのアレからいきなり手のひらを返せるなんて……メンタル強い人ですねぇ」  さくらは呆れるばかりだ。  彼女だって自分がマネージャーから睨まれていることは気付いているはずなのに。それでも職にしがみつこうと、足掻けるとは……まさに恥も外聞もない状態。崖っぷちにいるわけだ。  篠原先生はさらに声を潜めた。 「ここだけの話、転職活動もしているらしいですよ。でも、全然採用されないらしくて」  いまや篠原先生は憐れむような目をしていた。あれで、下山先生は薬剤師としては有能な人なのだ。ぶりっ子だから、患者さん受けもよい。  それなのに再就職先のみつからない彼女が、可哀想に思えてきたのだろう。もちろん、雇われない理由は彼女の年齢や性格だけの問題ではない。無資格調剤が認められたものだから、どこの調剤薬局も今まではいつでもウェルカムだった薬剤師の中途採用の門戸を固く閉じている。  奥から休憩室のドアが開く音がした。  昼休みを終えた下山先生が出てくると、さくらたちがまだ見慣れることができない笑みを、彼女は堂々と向けてくる。 「ねぇねぇ、さっきコンビニでアイス買ってきて冷凍庫に入れておいたから、後で食べてね」 「あ、ありがとうございます……」  ここまでくるともう……さくらと篠原先生はこわばった笑顔で応じるしかなかった。  妹尾マネージャーが急死したのは、年が明けてすぐのことだった。  連絡を受け、お通夜には店舗スタッフ全員で駆け付けることに。  丘町店からもほど近い葬儀場には、大勢の人が集まっていた。保育園のつながりなのか、小さな子ども連れの人もたくさん来ていて、皆一様にその早すぎる死を嘆いているのが印象的だった。  そんなお通夜の席で、喪主である妹尾先生は3人の子供を連れ、気丈に振舞っていた。初めて見る大勢の人に怯え、母親の黒いスカートのすそを皺くちゃになるまで握りしめている長男はまだ6歳だそうだ。一番下の子なんて歩き始めたばかりで、ずっと妹尾先生が抱っこしている。 「一昨日の夜、電話で話した時には何ともなかったみたいだったんだけどね……」  下山先生は青い顔で妹尾先生に話しかけ、彼女の方も落ちくぼんだ目をして頷く。溌溂としていた彼女はわずか2日弱で、一気に年を取ってしまったようにやつれてしまっている。 「そうですね。夜中に帰宅した時は本人も何も言っていなかったんです。あー疲れた、ってだけ。だけど寝ている間に急に心臓がおかしくなったらしくて、そのまま……」  妹尾先生が翌朝気付いた時にはもう冷たくなっていたという。夜が遅いものだから、せめて朝までゆっくり休ませてあげようとパパを一人で寝かせていたのが、発見を遅らせる要因になってしまったらしい。  妹尾先生は苦い吐息を吐き出した。 「あの0402通知以来、マネージャーの仕事は激増していたんですよ。会社が薬剤師の人数を減らして事務員に置き換えた結果、うまく回らなくなった店舗が増えていたから、その調整に奔走していて」  仕事を失うことでパニックになったのは下山先生だけではなかったらしい。  丘町店は十川先生がすぐに辞めたから他の薬剤師の勤務時間はさほど変化せずにすんだが、他の店舗は大半がそのままの人数で残っていたから、どうやって薬剤師のシフトを削るかで、すったもんだの大騒動になったらしい。 「店によっては、一人の薬剤師をスタッフ全員で仲間外れにして辞めさせるくらいのことはやらかしましたからね。今までは仲良く働いていた人たちでも、自分の職を守るために必死で」  イジメられる方もはいそうですか、と素直に出て行くわけが無かった。再就職が難しいことはよく分かっている。だから会社の倫理委員会を巻き込んだり、労働基準監督署に訴えたりとあらゆる手段で抵抗したのだ。おかげでマネージャーはその後始末に駆けずり回ることになってしまったそうだ。 「そういう仕事って、神経をすり減らすんですよ。夏以降はホント、薬剤師としての仕事とは全く関係ない、人間関係の話ばっかり処理させられてて……」 「これは労災が下りるんですよね?」  さくらは問わずにいられなかった。仕事から来るストレスが心臓を弱らせたのは明らかな話だ。これで労災が下りないのでは妹尾マネージャーも報われない。  しかし、妹尾先生はさくらの問いにすぐには答えず、代わりに部屋の隅で一塊になっている年配の弔問客らへちらりと目を向けた。彼らはしらなみ薬局グループを率いる社長や部長たちだ。  額を寄せ合ってこそこそと話し合っている様子の彼らに、妹尾先生は小さな吐息を漏らした。 「労災は無理ですね。他のマネージャーも同じだけ働いていたのに一人だけ倒れるということは、本人の体に元々問題があったんじゃないか、ってさっきも言われたし」 「そんな……」
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