3人が本棚に入れています
本棚に追加
その夜、千比絽は布団の中から咲に電話をかけた。
「ねぇ、咲ちゃん。僕って何か探してるように見える?」
どうして?と聞いた咲に、千比絽は崇が言った言葉をそのまま説明した。
「へぇ、さすが崇くん、大人。千比絽の事よく見てるね」
「僕は子供で、崇は大人?」
ムッとした千比絽の声に咲が笑う。
「千比絽だけじゃないわよ、みんな何か探してる。ほら、千比絽の好きなバンド の歌にもあるじゃない。生まれたら死ぬまで何か探してる、って」
「あぁ、じゃ咲ちゃんもなんか探してんの?」
「もちろん!会社での自分の居場所とか?」クスクスと笑う咲の声が耳に心地良い。
「おばちゃんに睨まれないように?」そうそう、なんか悲しくなってきた、なんて言ってる咲はどこか楽しげで、千比絽はその癒される声に包まれながら、眠った。
そうか、みんな何か探してるのか。
放課後の学校は雑然としている。いや、学校なんて一日中そんな感じだけれど、放課後は、やっぱり朝に思うそれとは全く違う。
千比絽は久々にグラウンドに顔を見せた。陸上部のメンバーは準備運動をしている最中で、千比絽には気が付かない。遠巻きに見ていた千比絽は、みんなが一斉に外周を走る為に、校門へと向かって行くのに合わせて、グラウンドを離れた。
途中、孝之と崇が千比絽を追い抜いていく。その後ろ姿を見た瞬間、千比絽の足は勝手に動いていた。鞄が邪魔だな、なんて考えながら、一心に校門を目指す。息を上げて走る千比絽を、孝之が驚いた顔で見た。
千比絽は崇に並ぶと目配せをして、そこから二人は一斉にスパートをかけた。雑音もなにもかもが流れて行く。
校門まで来たところで、二人はゴールを切ったかのように座り込んだ。
千比絽と崇は顔をみあわせるけれど、息が上がって声にならない。そのうち、どちらからともなく、吹き出し始めた。段々と声が大きくなり、ひとしきり笑いあったところで千比絽が言った。
「気分いいな」
「だろ?」
感慨に浸っていると、目の前に影が落ちる。見上げた先には、見慣れた顔があった。
「咲ちゃん、どうしたの?」
驚いた千比絽と崇に咲は、
「ちょっと顔が見たくなって、早退して来ちゃった」と肩を竦めた。
「悪い大人だな」
立ち上がって、制服を叩く。鞄を背負い直して、千比絽は崇を振り返った。
「崇、今日は無理だけど、明日は部活出るから。新島に言っておいて、じゃな」
「ああ!了解。さようなら、咲さん」
崇と咲が手を振り合う姿を見て、やっと追い付いて来た孝之が、後ろであの美人だれ?なんて騒いでいる。孝之の不思議がる声、千比絽は笑いを堪えるのに必死だった。
彼女の手を強く握りしめ歩き出すと、いつもの道も空気すら違って清々しい。
明日、謙遜しながら自慢してやろう。
ふと見上げればそこには、高く広い空があった。
最初のコメントを投稿しよう!