#1箱

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 窓の外を眺めて待つこと二十分。教室の後ろの扉が開き、漸く莉子が教室に姿を現した。 「おかえり。葉山さん」 「あれ?藤堂君。まだ帰ってなかったの?」  廊下側、後ろから二番目の自分の席に戻りながら、莉子は要へと視線を送る。 「うん、ちょっと」と近づいてきた要が莉子の前の席に座った。  しかも椅子を跨ぐ様に後ろ向きで。  立ったまま荷物を片付けていた莉子は、自分を見上げてくる要の意図が解らず、キョトンと立ち尽くしてしまった。 「ちょっと葉山さんと話がしたくてさ。まま、座りなよ」 「え?うん」戸惑いながら座る莉子の動作を何となく目で追って、そのまま自分の目線より低くなった彼女を要はまじまじと観察してしまった。顎のラインで揃えられたボブカット。ふんわりとしたその髪は少し茶色だ。  小柄な身体を、更に小さく見せている大き目のセーター。小さな顔に大きな目、何となくオドオドとしたその態度・・・・・・。まるで、ハムスターか何かだな、と要は可笑しくなった。 「葉山さんてさ、優等生キャラじゃないよね」  「え?じゃ、どんなの?」 「ううん、天然系?何か良くイメージする秀才とか優等生とかからは、かけ離れてる」 「・・・・・・そうかも。私も優等生って言われてもピンと来ない」  その頼りなげな笑顔が、また彼女をより一層幼く見せている。それより話って何と莉子が首を傾げてくるので、その仕草に心を奪われつつ、要は本題に入った。 「俺さ、進路決まんなくて。葉山さんは何の相談にいったの?」 「私も、行きたい大学が決まらないの。パンフレット渡されてこの中だったらどこでも行けるよって言われたけど、自分が何したいのか、何になりたいのか解らないから決められなくて」 「へえ・・・・・・」  同じなんだな、と要は思った。行ける大学が選べるほどの子でも抱える悩みは同じなんだ、何だか不思議な感じがした。 「俺もだよ。何したいのか、夢とか別に無いから就職とか進学とかすらもピンと来ない」  ニンマリと笑う要に莉子は少しだけ微笑むと、俯いて黙り込んでしまった。長いまつげが二度、三度揺れる。俯いている莉子の輪郭が柔らかそうで思わず手が伸びそうになったその時、「怖いのかも」と彼女の小さな呟きが聞こえた。 「え?」 「この中・・・・学校から社会に出されるのが怖いのかも、と思って」  真っ直ぐに向けられた顔が、情けないでしょ?と物語っている。その視線が少し痛くて、要は目を逸らした。 「ああ、それなんか解る。前を見て進める奴は良いよな」  窓の方へと顔を向けたままポツリと答える。 「うん」  何かを選ばなければいけないこの時期。要は、自分と彼女とでは、天と地ほどの差があると思い込んでいた。  自分とは何も交わる部分なんて無い、と要は日頃、莉子を少し遠くに見ていた。勉強も嫌いだし、進学が難しいのも、勉強をしてこなかった自分のせいだ。けれど、今日話してみて、将来に対する不安は一緒なのだと解った。  今になって、こんな事が解るなんて。もっと早くに、もっと色々と話せば良かった。  要は視線を莉子へ戻すと、いつになく真剣な表情で彼女に言った。 「取りあえず、勉強始めてみるかな。葉山さん俺に教えてくれない?放課後少しでいいからさ」 「うん、いいよ。人に教えた方が勉強になる事もあるし」  その真剣さが伝わったのだろう、莉子は嫌な顔一つせずに了承してくれた。その笑顔にホッと息をつく。  要は莉子の顔を覗き込むと、「葉山さん学校決まったら教えてよ。ってか一緒に考える?」といつもの顔になった。 「相談に乗ってくれるって事?いいの?」嬉しそうな彼女の顔に要も釣られて微笑む。 「うん、勉強見てもらうしね」 「そっか」そう言って、何故か莉子の目が泳ぎだした。そして、変な唸り声を上げたかと思うと、決心したかのように言い放った。 「あ、あのさ、藤堂君。話し変わるんだけど、さっきから凄い近い。ずっとわたしの顔、見てるよね?」 「うん。好きな子こんなに近くで見れるチャンス滅多に無いから」 「・・・・・・!!すっ!!え、何?」  焦る余りに、立ち上がろうとする莉子の腕を要が掴む。 「俺よく席から葉山さんの事見てたの気付いてるでしょ?たまに目が合ったりしたよね?」 「そ!それは、視線を感じればそっちを向いてしまうし、でも!自分の事かな?なんて思わないし」  莉子はしどろもどろになりながら、最後は真っ赤になって俯いてしまった。その可愛さに思わず両の手で彼女の頬を、包み込んでしまっていた。そのまま顔を上げさせて、目を合わせる。  優等生の彼女には、相手にされないと勝手に思い込んでいた。けど、自分と何ら変わらないと知った今、 「ね、葉山さん。俺と付き合わない?」自然とその言葉が口から零れ落ちていた。 「ええ?」手の中の彼女の瞳が大きく揺れる。要は何だかたまらなくなり、「これから半年勉強教えてもらうんだし、その方が張り合いも出るじゃん。・・・・・・なにより俺のやる気が上がるんだけど」とゆっくり顔を近づける。  後もう少しで莉子の唇へ・・・・・・・・・・ 「おい!!残ってる奴居たら、早く帰れよ!」ガラリと教室の扉が開いて、担任の新島の声が室内に響き渡った。  ・・・・・・しん、とした空気が教室を包み込む。 「もう帰りまーす」真っ赤になって固まる莉子の手を引くと、要は足早に教室を後にした。 「ね、さっきの返事は?」 「返事を聞く前からあんな事する人とは付き合いません!!」 「ええ?じゃあ、無事大学合格したら?」 「付き合わない!!!」  とりあえず要は明日までには、「進路希望表」が提出できそうだ。性格、成績、生活全てが正反対の二人の気持ちが、少しだけ交わった午後。  結局何を言っても「付き合わない」と言いながら、要が掴んだその手は莉子に振り解かれる事は無かった。 
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