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自宅のマンションに着くと、ポストの中身を拾いエレベーターのボタンを押した。この時間は滅多に人に会う事は無い。エレベーターに乗り込むと、三階を押す。俺は、ポストから持ち出したダイレクトメールの文字を目で追ってはいたが、頭の中では母親に何と言って切り出そうかとそればかりを考えていた。
親が離婚してから性格も手伝ってか、殆ど母親と話をしたことが無い。そりゃ、くだらない話は普通にするが学校の事や、自分自身の事を、真面目に相談したことが無いのだ。
これから母親が帰るまで二時間程度。どうしようかと思うと溜息しか出なかった。
玄関を開け靴を脱ぐと、取りあえず自室へ籠った。晩飯の時間まで何もする事が無い。テレビをつけ、適当にチャンネルを回し、何もやっていない事を確認すると、ゲームのスイッチを入れた。ゲームもさほど好きではないから、ソフトは随分前に買った格ゲーだ。大してやりもせずにほったらかしてあったせいで、操作方法も忘れた。
派手な音が部屋中に響き渡る。あっという間に負けて終わってしまった。
コントローラーを投げ出すと、いつか母親に言われた言葉を思い出した。『遊ぶ事にも根気が無いの?勝てるまでやらなきゃ悔しいとかないの?』
「あぁあ!」ごろんと寝転がると目を閉じた。
どれ位そうしてただろう。いつの間にか寝てしまった俺は、部屋のドアをノックする音で目が覚めた。
「彬?ご飯食べたの?」母親の声に脳がやっと覚醒していく。ゆるゆると起き出すと、「まだ」と掠れる声で答えた。
「温めておくから起きて来なさい」
それには返事をせず、ドアを開けた。会社から戻ったばかりなのか、まだスーツ姿の母親が立っている。俺を見上げてくすりと笑うと「寝てたの?」と頭に手をやった。
それにつられて、自分の頭に手をやる。すると、酷い寝癖が立っているのが解った。
「うん、まあ、寝てた」欠伸をする俺を見てまた笑うと、母は「ご飯食べちゃいなさい」と台所へ入っていった。
リビングのドアを開けて、テーブルに付く。テレビのスイッチを入れ、暫らくすると晩御飯が出てきた。
「先生にちゃんと話し合って下さいって言われたわ」
「俺も」
なんと言って切り出そうか迷っていた俺は、向こうからの話に、これ幸いと乗っかった。適当に済ませてしまおう。だって、俺の気持ちは何を言われても変わらないのだから。
箸をおいて、向かいに座る母親に聞いた。
「母さんは俺にどうして欲しいんだよ」
「だから、進学して少しでもいい会社に・・・」
そんな事は言われなくても解っている。何も俺だって、このご時世に勉強が無駄、とか「良い会社に入る事だけが」とかは思っていない。そりゃ、金はあったほうが良いし、頭だって悪いよりは良い方が良いに決まっている。 解っているのだ。わざわざ、言われなくても。解ってはいるけれど、それに近づく努力をしたいと思えるほど「将来」と言う物に魅力が無い。
こんなにやる気のない俺に、一体何を夢見てきたんだこの人は。
「ごめん、そういうの興味ない。適当に就職するよ」
そういうと、目の前に座った母からは盛大な溜息が聞こえた。それを終わりの合図と見た俺は、夕食に再び手をつける。黙々と租借しながら、目を合わせないようにした。
「何を言ってもダメなのね?別に来年受験する手もあるのよ?」
「無理」
目を合わさず、夕食を口に運ぶ合間に短くそう答えると、「好きにしなさい」と諦めの言葉が母親から漏れた。
翌日、登校していると後ろから声を掛けられた。庄野だ。
「おはよう!木崎君」
「おはよ」
隣に並ぶ庄野は女の子の中では背が高い方だ。運動部に在籍していて、自分でも何かやりたいと思った事は無かったんだろうか?俺は、ふと湧いた疑問を庄野にぶつけてみた。
「庄野はさ、マネージャーじゃなくて、自分でスポーツやろうとは思わなかったの?」
「え?なんで?」
「いや、結構背も高いしさ、バレーとかバスケとか」
「ああ・・・・・・」と言ったまま、庄野の頭がどんどん下がっていく。俺は何か拙い事でも聞いたのか、と内心焦った。すると、彼女が困った顔をして小さな声で「運動神経がねぇ」と呟いた。
「運動音痴なの。小さい頃から、身体が大きいって言うだけで、何かさせた方がいいなんて周りに勧められて中学の時はバレーもやってみたんだけど・・・・・・ダメなの」
はにかむように笑った庄野に何と声をかけていいか解らず、ただゴメンと謝った。
「いいの、いいの!今はほら!少しくらい背が高い位の方がカッコいいでしょ?・・・・・・それにね、木崎君背が高いから、並んでるとちょっと自分が小さくなった気がして嬉しい」
向けられた笑顔にドキリとしてしまい、「いい性格してんな」と目を逸らした。
そんな他愛も無い会話をしているうちに、学校の門をくぐり、昇降口に入ったところで、担任に呼び止められた。
「おう、木崎。今日は、ちゃんと持ってきたんだろうな?」
「ああ、でもこの間と変わらないですよ」
そう言ってやると、また新島の顔が曇った。どうしろと言うのか・・・・・・。 隣でも庄野が困った顔をしている。そんな顔を向けられても、話し合っても結果が変わらなかっただけの事だ、まあ庄野には休み時間にでも事の詳細を話してみるか。彼女は一体なんと言うだろう。
そう思って、新島には「放課後出しに行きます」と言って教室に入った。
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