#1箱

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#1箱

 中から見る外の景色は、何と広々と自由に見えるのだろう。  けれど、外からこちらを覗いた時、人はどんな風に思うのか・・・・・・。  秋風が漂い始める十月。新学期が始まってもう一ヶ月以上が経とうとしていた。  夏休みが終われば三年生は部活も引退し、それぞれにこの狭い小さな世界から飛び立つ準備を始める。受験組みにしても就職組みにしても皆、同じように心ばかりが急いて来る嫌な時期だ。 (俺って何がしたいんだろ)  独り教室の窓から外を眺め、感慨にふけっている彼、藤堂要もご多分に漏れずそんな高校三年生の一人だった。  しかし彼はこの時期になってもまだ進路希望表を出しておらず今日も担任に呼び止められ、これから職員室へと向かう所だった。 「さ、行くか」窓から視線を外し教室を出る。後ろのドアから出たとき、自分以外にも荷物が残っている机が視界に入った。 「失礼します」やる気のない小さな声で挨拶をし、職員室のドアを開ける。要の姿を見た担任が手招きをした。 「どうだ、藤堂。進学か就職か位は決まったか?」  担任の新島教諭が眼鏡を上げながら聞いてくる。  この教諭は眼鏡を弄るのが癖なのか、いつも顔に手をやっている。  要はそれがとても気になって仕方が無かった。 「まあ俺、進学するほど頭良くないし、やりたい事も無いから進学はまずないですね」 「じゃ、就職か」  新島がまた眼鏡を触り、要を上目使いに見て進路希望表を一枚取り出した。その手を要の言葉が止める。 「いや‥‥働きたくないなぁ」 「はあ!何言ってんだ、お前」 「だって先生、働いてて楽しいですか?」 「ああ?藤堂みたいなのがいるから、ちっとも楽しくないよ」  それを聞いて要は「ですよね」と笑った。  要は新島の眼鏡を弄る癖は嫌いだったが、メガネキャラには似つかわしくないこの明け透けな性格は嫌いじゃ無かった。結局何も決まっていない要に担任は一つ溜息をつき、真面目な顔を作ってこう言った。 「一度親御さんとも相談するか?」  それを聞いて要の眉がみるみる下がる。そんな顔するなと新島に咎められ要はううん、と唸ってみせた。何か考えてます、というポーズだ。実際何のプランも無しに呼び出しに応じ、新島くらいは何とか煙に巻けるだろうと高を括っていたのだが親呼び出しの事態となると話は別だ。  要はそこでふっと頭の片隅に浮かんだ事を口にしてみた。 「先生、そういえば、葉山さんって進学希望?」 「ん?ああ、そりゃ学年一位だしな。本人もご両親も進学希望だよ。ただなあ・・・・・・」  新島が言葉を区切ったその時、後ろで職員室のドアが開く音がした。反射的に振り返る。するとそこには噂をすれば何とやら、葉山莉子が立っていた。  要の身体を避けるように、新島が首を伸ばすと「おお、葉山。こっちで待っててくれ」と莉子を呼び、自分の隣の机を指差した。  そこが他の教諭の机という事は、新島にとってはどうでもいいらしい。  生徒指導室でやれと言われたらどうするつもりなのか。そこは後輩の机なのでそんなお咎めを喰らう事等、考えても居ないのだろう。案外といい加減なのだ。 「はい」小さな返事をすると、莉子が要と新島の所へ近づいてくる。何を怯えているのか小柄な身体が更に小さく見え、その姿が小動物のように可愛くて要は笑いを堪えるのに苦労した。要が何とか緩む口元を正していると、「きゃ!」と悲鳴が聞こえて、莉子が要の方に倒れこんできた。  反射的にその身体を受け止めると、莉子と目が合った。 「ご!ごめん!藤堂君!」  慌てて離れた莉子が仰け反りすぎて、また転びそうになっている。 「いや、いいけど。大丈夫?葉山さん」  その腕を掴んで要は笑った。後ろでは新島が「落ち着け、葉山」と呆れたように二人を見ていた。 「葉山、来てもらって悪いんだが、まだ藤堂が終わってないんだ」  新島が要を指差し、莉子に申し訳無さそうな顔を作る。要はこれ幸いと、莉子に席を譲った。 「先生、葉山さん先に聞いてあげてよ。俺どうせ何にも考えてないし」 「おいおい、それじゃ困るんだからな。ま、いいや藤堂は明日までの猶予をやる」 「みじかっ」  要の不平は聞き流し、新島は睨みを利かせると、決めて来なかったら親御さんに連絡なと言葉を付け足した。 「へ~い」と納得しかねる声を出しながら、要は職員室を出た。  扉を閉めた所で、暫し立ち止まる。莉子は何の用で呼ばれたのだろうか?進学希望と言ってはいたが、新島にしても反応が微妙だった。  要は教室へ戻ると莉子が帰ってくるまで待ってみようか、という気持ちになった。それにこれは絶好のチャンスでもある。要は窓を一つ開けると、心地いい風に頬をほころばせた。
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