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序章2
カーテンを閉め切り部屋の灯りも無い暗い部屋で男は一人パソコンの画面を眺めていた。頭にはヘッドホンを付け左手はキーボード、右手はマウスを握っていた。
画面の中には色とりどりの世界が目まぐるしく映る。男は小声でブツブツと何かを呟きながら、忙しくマウスを動かす。男の背後には散乱した衣服や食べ物のゴミなどが乱雑に置かれ、掃除は長い間されていなかった。
男の名前は「ハルヤ」と言う。太い黒ぶちの大きな眼鏡をかけ、髪は乱れたままで服装は汚れたグレーのスウェット。若い頃には痩せて引き締まっていた身体も、今や見る影も無く緩んだ身体になってしまった。
しかし彼はそんな事は全く意に介さず、パソコンのネットゲームに夢中だった。彼にとっての現実世界は画面の中にあった。
子供の頃からいじめられっ子体質だったが無事大学を卒業し、民間企業に社員として入社。前途洋々だったはずなのだが、本人が知らないうちに上司に嫌われ同僚にも嫌われ、パワハラと社内いじめの日々。
どうしてそうなってしまったのか。彼自身には何も分からない。ただ、愚かな集団にとって標的にしやすいキャラクターだったのかもしれない。気弱な性格だったからか強く言い出すことが出来ず、それを利用されて無関係な責任を負わされ立場はどんどんと追い詰められていった。
そうしていつしか鬱病を患い、それに気づいた時にはすでに症状はかなり悪化していて会社を辞めた。それでも少しばかりの貯金に両親からの仕送りがあるため細々とではあるが鬱病の治療をしながら生活を続けた。
続けたとは言ってもその中身は激変していて、自宅にいる時間が長い事もあっていつしかネットゲームにのめり込む。ゲームの世界は美しく、優しく、楽しく、刺激的で魅力的。ゲームの世界で沢山の友人も出来た。彼は充実していて毎日嬉々としてゲームにログインする。
いくらか時間が経って社会復帰が出来る程度には回復しアルバイトを始めたが、しかし生活環境はなかなか改善出来ず食事は不定期にカップラーメンやお菓子を食べて過ごし、睡眠時間は不安定で短く、楽しみといえばネットゲームとアニメ観賞の日々。インターネットの世界は疲れ果てた彼にとって安住の地だった。
休日の彼は昼頃起きて、そのまま食事もせずにずっとゲームに興じていた。別段いつもと変わらない日だった。飲み物を取りに行こうと立ち上がったその時、急に胸の辺りに違和感を覚えたがそのまま気にせずに冷蔵庫のある方へ歩いていくと、胸の違和感は急激な痛みへと変化し、激しい吐き気と全身から冷や汗があふれ出た。
じっとしていられない程の痛みでとても立っていられず、彼はそのままその場に座り込んだ。目の間が徐々に暗くなっていき、意識は遠のいていった。どうする事も出来なかった。
そして前のめりに倒れた。
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