君ガ為メ

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 当時は会長なんて大役、生まれて初めてだったからそりゃもうプレッシャーで大変だったわ。でも周りのメンバーのサポートのお陰でなんとか会長が板についてきた。そんな時に、吉野さんという年配の女性が入会してきたの。白髪頭に和服の似合う上品そうな方だったわ。  吉野さんは先月長年連れ添った夫に先立たれ、毎日意気消沈していたそうで、息子の勧めでこのサークルに入ってみたと言ってたわ。  吉野さんは普通のカルタ遊びもやったことのない全くの初心者で、おまけに84歳とサークル内でも最年長。高齢ということもあって、歌を暗記するという作業に悪戦苦闘されてたわ。 「花の色はーうつりにけりなーいたずらにー」  競技の時も場に並べられた取り札をキョロキョロと見渡して落ち着きがなかったっけ。 「我が身世にふるーながめせしまにー」  歌を読み終えてもまだ探し続ける吉野さん。目の前にあるにも関わらず、なかなか手が伸びないこともしょっちゅうあったわ。本来なら相手が取って次の歌にいくけど、みんな見つけるまで待っていたわ。ほら、このサークルは初心者の方も楽しんで貰うのがモットーだからね。 「わが、わが……あっ、これね」  ようやく目的の札を見つけて取ると、いつも目尻を垂らしてにこやかな笑みを浮かべていたわ。それなりに楽しんでくれていたようで、私も嬉しかったわ。
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