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「なんであんたが奢らなあかんの。向こうが誘ってきたんやから、おごってもろたらええやん」
「そうは言うても、俺も年上やし、この世界も長いし、向こうのほうが稼ぎはいいやろうけど、先輩を立てると言う形で、俺が奢るのを許してくれたんじゃない?」
嫁は普段めったんにお酒を飲まないのだが、この日はなぜかそう言う気分になったみたいで、俺が飲んでいるビールを少し自分のコップに注いで、ゴクゴクと喉を鳴らしていた。
「ああ、苦いな。ビールは。苦いな。なんでこんなん毎日飲んでるの?」
「麦?…やからかな」
「麦!小学生みたいに毎日麦茶飲んでてらええねん!」
「麦茶って言われても…ええ感じに、ふわってなれへんやんか」
「ああ、そうなんや。もう、わかった。おまえはもう晩酌はもう、カルアミルクな。毎日カルアミルク。それ以外は却下」
「いや、カルアミルクはちょっと。俺のイメージもあるし」
「ええやん。味噌汁にカルアミルク。刺身にカルアミルク。すき焼きにカルアミルク。おでんにカルアミルク。ええやん」
想像しただけでも気持ち悪い。
「ちょっと甘いかなあ…」
「お前のおごりで食べたイタリアンの時は何飲んでたん?」
「グラスワインやったかなあ。赤の…」
嫁が目が少しトローンとしてきた。上目づかいで俺を見つめる。
「グラスワイン!赤の!メルシーボクー。グラッチェ、グラッチェ。ええ身分になりはったなあ。そりゃもう、天下の大師匠ですから、芝生の上でカンツォーネでもシャンソンでも、歌っちゃうよね。越路吹雪みたいに」
嫁は席を立ち、コップをマイクに見立てて歌い始めた。
「あなたーの燃える手でー。わたしーのパンツを受け止めてー、命のかぎりー被り続けてほしいー…」
めちゃくちゃな歌詞だった。
「わかった、わかった。ごめんごめん。越路吹雪はもうええから、一回すわろうか?」
嫁はさらにヴォリュームをあげ、めちゃくちゃに歌い上げる。
「いや、ほんま、ごめんやから。そんな大きな声で歌ったら近所迷惑やし、カッコ悪いやんか」
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