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常しえの国
ホリー、19才
海の上を滑るように進む船は、何も無い海上でピタリと止まった。
「ご覧なさい、ホリー。光の国の扉が開くわ」
「扉?」
身を乗り出すホリーが落ちないように、クラウスが慌てて支えてくれた。
「危ないぞ、ホリー。あまり乗り出すな」
「だってクラウス。扉なんて、何処にも無いのに……」
大型客船の舳先に、二人のローブ姿の魔導師が立つ。
「あの二人が高名な、光の国の魔導師。左は『女神の盾』の異名を持つ、鉄壁の守備力を誇るサーシャ。右は、『神の鉄槌』雷を操るローランドよ」
二人の名前と実力はまるでお伽話のように現実味の無いスケールで各国に語り継がれている。
そうやってホリーに優しく説明してくれるラアナも、『紅蓮の魔導師』と二つ名の高名な術師だ。
ホリーが目を大きく見開いて扉を探していると、二人の魔導師が指差す海面が輝き始めた。
サーシャと言う白いローブの魔導師は澄んだ声で何か唱えている。
「ここの扉は特別製よ。サーシャの光の魔力で隠されているの」
「光、で?」
光は視界を明るく照らし出すもの。隠し物には向いていない気がするのだが……。
「人の視界は光を感知する事によって成り立っているわ。光の波長によって見える範囲は異なるの。今、私達が見ている世界すら真実では無いかも知れないの。ね、面白いでしょ?」
「????」
まるで何処かのアカデミー教授と遜色無い難しい説明の羅列に、ホリーの頭は爆発寸前だった。
「それぐらいにしとけ。ホリーが爆発して木っ端微塵になっちまうぜ」
まるで妹を庇うように笑いながらフォルクがホリーの頭を撫でると、即、ラアナが払い落とした。
「触らないで。私のホリーよ!」
「ちょ、ちょっと……」
「ケチケチすんなよ、減るもんじゃねぇだろ」
「ちょっと! 二人共こんな所で喧嘩しないで!」
必死で二人を止めているホリーの腰が急に軽くなり、ヒョイと抱き上げられてしまった。
「ラアナ様。私のホリーです」
ニッコリとクラウスが主張する。他国の人からもジロジロ見られ、小さなさざ波のように笑う声も聞こえて、ホリーは恥ずかしくて堪らないのに下ろして貰えなかった。
「もう、心が狭いのね。狼王候補さん?」
「狭くて結構。私の心が狭いのは、ホリーへの愛ゆえとご理解下さい」
「く、くらうす!」
「なんだ?」
「そんなこと、おおごえでいわないで!」
「ん? 足りなかったか、私の女神」
ケロリと顔色一つ変えずに言い放つクラウスの頬を押しのけながら、
「は、はずかしいです、おろしてください、たすけて、アーニャ!」
「クゥン?」
肝心のアーニャは、どうしてホリーが恥ずかしがっているのか伝わらない。
好きな相手とは存分にくっ付き、離れず側に居るのが、狼族の『普通』だから。
愛くるしい大きな目をパチパチさせるだけで助けてはくれなかった。
「丁度良いわ、もう扉も開いて船を降りる所だから。ホリーは小さいから迷子になっちゃうもの。そのままで良いわ」
「で、でも、このままじゃ私、荷物……」
「良いよ、俺が持つから。クラウス、しっかり可愛い妻を運んでこいよ?」
「任せておけ」
まるで体重を感じていないように、クラウスは片手でホリーを抱えて自分の荷物も持った。
ホリーの荷物はフォルクが運んでくれて、ホリーは手ぶらな上にクラウスに抱っこされたまま。いたたまれないにも程がある。
「それに、これは大切な『役目』だ。ホリー」
「え、ええ、でも、こ、ここまでする必要は……」
「ある。だから、堂々としていれば良いんだよ」
「クゥン!」
励ますようにルナが堂々と寄り添ってくれた。
「ぶっ、クックッ……物は言い様だな、クラウス様?」
「何の事だ」
「役得だって事だよ」
楽しそうに笑っているフォルクを見て頰を膨らませたホリーは、
「どういうこと、クラウス?」
「……何でもないよ、ホリー」
「嘘でしょ? 一瞬黙ったもの!」
「暴れると落としてしまうぞ」
「誤魔化さないで下さい!」
クラウスを叱る事に夢中になっているホリーは、周囲からの微笑ましい視線に気付いていない。
気付かない内に、ホリーは『役目』を達成しつつあった。
そもそも、光の国からの招集に特に肩書きの無いホリーが付いてくる事は特殊な状況だった。
半年前、土の国の首都にホリーも一緒に呼び出されるまで、こんな旅は夢にも思わなかったのだから……。
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