Good Night

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 俺たちは、ずっと幸せだった。  これぽっちもそんなこと考えもしなかったけれど。  自分よりも幸せな人を見ては、苦しんでいた。  自分よりも不幸な人を見つけては、喜んでいた。  俺たちの性格が特別悪いとかじゃなくて、この世界の人がみんな、そうだった。  そうすることでしか生きられなかった。  それくらいに、世界は酷い場所だった。  酷い場所だと、思っていた。  目に見える形で、格差を作り出す奴らに、反吐が出た。  それを受け入れるしかない、無力な自分にも。  所謂、俺は世界の最底辺の人間だった。  生まれた時から、何となくそれを感じていた。  俺の記憶の中に、父親というものは存在しない。  恐らく、母親が何らかの事情で、勝手に生んだのだろう。  ただ生んだだけで、何もしない女を、母親と呼びたくはないが。  多分、俺が大きくなったのは、奇跡なんだろう。  生まれて間もなく、死んでいたっておかしくはなかった。  たまたま季節が春だったから、放置されても凍えることもなく、生き延びた。  元々の生命力も、強かったんだと思う。  お陰様で、俺は十七まで風邪一つ引くことなく、至って健康体だ。  母親にとっては最悪だったろうが。  俺という瘤がいるせいで、まだ若かった筈の母親は、新たな幸せを掴むことが出来なかった。  学もなく、若さしか取り柄のない女がやれることなんて、限られていた。  生きて行く為に、彼女は何だってやった。  自分というものを、使い尽くした。  俺という存在は非常に邪魔だったのだろう。  彼女が「それ」に励んでいる間、俺は、外へ出された。  暗くなるまで、暗くなっても、真夜中まで、夜が明けるまで、朝が来るまで。  俺は、ただ空を見ていた。  見上げてごらん夜の星を、と誰かが歌っていた。  星を見て何になるのか、と。  それで腹が膨れるわけでもないし、と。  不貞腐れて、捻くれたことを言う奴はいるだろう。  確かに、お腹がいっぱいになったことはない。  だけど・・・・・・。  だけど、星々は俺の頭の上で瞬き続けていた。  何をしてくれもしない。  俺を掬い上げて、助け出して、何処か遠くて連れて行ってくれるわけでもない。  ただ、優しく其処に、いるだけだ。  そして、数えきれないほどたくさんの星の光を従え、綺麗な月が夜の世界には耀いていた。  月明かりは、誰にも気付かれないような暗い地の底にいるような俺さえも、照らしてくれた。  俺が息をしていることを、動いていることを、ちゃんと俺に見せてくれるのだ。  死んだようになっていても、生きているのだと思い出させてくれた。  やがて夜が明け、朝になり、周りが目を醒ましても尚、月は暫く俺のことを見守っていてくれた。  俺は死ぬまで、あの月の美しさを忘れない。  死んだ後ことなんか、全然分からないけれど。  あの月の少しでも傍に、行けるなら。  それでいいかもなって、思ったりしたんだ。
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