通所介護

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通所介護

 富永スーパーの前から出るデイサービスのバスに乗った。 すごし方がわからない昭男さんのような年寄りたちに迎いが来る。 『ご案内』   月曜日~日曜日、午前九時三十分~午後三時まで  (祝祭日も利用できます) ■ご利用料金   利用料の一割+食事代+日用品費    注)介護認定により、要介護度、入浴の利用の金額が異なります。  お気軽にお尋ね下さい── とある。    誰も反対しない。行ってくれればそれでいい。 日常があまり変わらなくても、昭男さんをひとりで家においておくのは心配な存在だ。思いつくとどう動き出すのか、傍目に見て心配になる対象らしい。   良恵さんは保育園勤めをやめるわけにいかない。昭男さんが毎日、通所介護サービスに出かけていてくれれば手がかからない。姿が見えなくとも 施設からの帰宅時間まで捜しまわらなくて済む。  義兄の吉村さんはその後も顔を出して様子を見てくれるが、父親の面倒をみる良恵さんの気苦労はかわらない。   漏れ聞こえる言葉の断片に懐かしさを覚え、自分が現役に返ったように 感じて同調する。手のひらに脳梗塞となぞると、なぜか、難しい字が書ける。  昭男さんに脳梗塞の症状が出て、小倉の総合病院に短期間入院した。 退院するとすぐ、リハビリ機能があるこの施設に言語能力の回復のために通った。芳子さんが言葉の練習に付き添ってくれた。 「ララ、ララ、ララ、竹たてかけた、レロ、レロ、レロ、東京特許許可局、キャ、キュ、キョ、魔術師今手術中、……」。    現実に引き戻された──仕切りの外にかがんで講義を聴いていたら、 ホームの職員が追いかけてきた。 「昭男さんどこへいくの」と追いすがられる。  ギンギンギラギラ、夕陽が沈むを唄っているグループに逃げ込むか、黙してTVを見ているグループにもぐりこむと、もう追いかけてこない。  眼が届くところにいないと、入所者が走ったり動いたりして転ぶと責任を問われ、施設の評判に傷がつく。短時間入所であっても、固まっていないと自由な時間をもらえないのだ。   制服の事務員は好きになれないが、白衣のひとはやさしい。 芳子さんのことを考えようとして、忘れてしまう。思い出すまでが長くなる。    記憶のよみがえりは乱れてとても苦しい、とても疲れる。 記憶がない方が楽かもしれない。 
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