第10話・決着

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 常に冷静であり常に頂点に立っているはずの柳田悠吾が、理人に向かって叫んだ。 「調子に乗ってんじゃねえぞ、クソガキがァッ!」 「っ……!」  瞬間、悠吾の体からいつか見たどす黒い紫色のオーラが噴出した。蛇のようにとぐろを巻きながらフロアの床を這い迫りくる悠吾の念。本人にその自覚はなく、理人もただ悠吾の殺気が強まったとしか思っていないだろう。  しかしこの場にただ一人、煌夜だけは違った。瞬間的に放たれた悠吾の念をまともに吸い込んでしまい、心臓を抉り取られるような衝撃に見舞われる。思わず噎せた煌夜を理人が振り返ったその時、猛然と走ってきた悠吾がそのままの勢いで理人の体を思い切り吹っ飛ばした。 「う、っ……」  不意を突かれた理人が背中から床に倒れ、即座に立ち上がろうと身を起こす──が、それよりも早く悠吾の靴底が理人の肩を蹴り上げた。 再び床に背をつけた理人の胸倉を悠吾が掴み、拳を振り上げる。 「理人っ!」  叫んだ時には既に、煌夜はその場へ飛び込んでいた。  悠吾の手を払うようにして理人から離し、倒れた理人を強く抱きしめる。突然のことに一瞬たじろいだ悠吾だが、すぐにその邪魔者の存在が誰であるかに気付いたのか、煌夜を見て顔を歪め笑った。 「全部お前から始まった話かもしれねえな。どけよ、お前もぶっ殺すぞ」 「………」  見上げれば黒紫の蛇に似た念が渦巻いている。その邪悪な念に触れられ捕らえられ、煌夜は直接脳を揺さぶられるかのような衝撃に必死で耐えた。心臓は破れそうなほどに脈打ち、冷や汗が噴き出し、耐え難い吐き気が込み上がってくる。 「煌夜っ、放せ!」  煌夜の震えから理人もそれを察した。煌夜は肉体に受ける痛みや単純な恐怖で怯えるような男ではない。否応なしに他人からの影響を受けてしまうその体は、今この瞬間、悠吾に押し潰されそうになっているのだ。 「煌夜っ!」  このままでは煌夜の意識がなくなる。そう思ったためか、理人が強引に煌夜の体を引き剥がそうと肩を押す手に力を込めた。 「………」  背中に悠吾の苛立ちが伝わってくる。そして── 「……お前は後で高く売り飛ばそうと思っていたが、もう全部が面倒臭せえ。まとめてぶっ殺してやる」 「ク、ソッ……!」  見開かれた理人の目。その理由に気付いた次の瞬間、煌夜の体が反転し強引に床へ倒された。上から煌夜を守るように覆い被さった理人の背後で、鈍く光る銃を手にした悠吾がそれをこちらに向けていた。  この距離で撃たれたら確実に理人は死ぬ。理人が死んだ後は自分の番だ。後悔や絶望、ましてや死への恐怖などといった感情は、その時の煌夜の頭には一つも浮かんでいなかった。  ただ一つ、煌夜の頭を支配していたのは。 「死ね」 「っ……!」  ──理人を守れるのは俺だけだ。
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