第10話・決着

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 銃口から放たれた弾丸、その刻印さえも。煌夜はその「目」ではっきりと捉えていた。 額が割れる感覚にもはや痛みはない。頭蓋が軋み、筋肉が裂け、皮膚が破れ──その目が完全に開いた時、フロアから全ての物質が消えていた。 「………」  煌夜の体を包んでいたのは桜の香りだった。  高熱を乗り越えて迎えた朝、幼かった煌夜を庭から見上げていた女。  桜の香りで全てを教えてくれていた、この不思議な力を得てからずっと一緒にいた存在。  煌夜が生まれる前だったのか、それとも生まれた直後だったのか。気付けばこの世からいなくなっていた、顔も覚えていない、思い出の一つもない「本当の母親」の温もり。  何かを囁く彼女の声は聞こえない。どんなに目を凝らしてもその顔を見ることはできない。  だけど煌夜は悟ったのだ。  この目はきっと、母がくれたたった一つの贈り物なのだと。 「ぐ、ぁっ……!」  気付いた瞬間、跳ね返った銃弾が悠吾の左手に直撃した。 「……な、何だ? どうなったんだ」  理人が顔を上げて背後を振り返る。左手から血を流しながら顔を顰めた悠吾が、もう一度銃口を理人に向けた。 「何発でも喰らわせてやんぞ、クソガキ共──」  悠吾の指がトリガーに触れてからその先、煌夜の目には全てがスローモーションに映っていた。 「───!」 「煌夜っ……!」  驚いた理人の顔も、その声も。見開かれた悠吾の目も。その周りに渦巻いていた黒の念も。  フロアに飛び交うライトも音楽も、床からステージ、天井に至るまで、存在している全ての物を。 「な、何だっ……このガキ、何をしやがっ、……」  煌夜の咆哮と共に、桜色の衝撃がフロア中を覆い尽くして行った。耐えきれず悠吾の体が後方数メートル先まで吹っ飛ぶ。次々と照明が割れ、トランスにノイズが混じりスピーカーが煙を噴いた。カウンターのグラスも、テーブルの上にあった酒瓶も、その場の全てが煌夜とその母の念により弾き飛ばされて行く。  今まで影響を受けるばかりだった。自分の力が体の外に出ることなど一度としてなかった。  全ては愛する男を守るため。開いた第三の目を使うべき、ただ一人の男のために。 「こ、煌夜。お前……」  ガラスを割り壁にひびが入るほどの衝撃であったはずだが、フロア内で唯一、理人だけが全くの無傷だった。 「理人、……すいません。……後は、お願いします」  荒い呼吸を繰り返し今にも意識を失いそうな煌夜。理人は力強く頷き、そっと煌夜の体を床へと寝かせた。 「……任せとけ。一発で終わらせる」 そうして前方に倒れた悠吾に向き合い、その拳を固く握りしめた。
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