告白

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『学祭の前日、泊まっていい?』  そんな亜希からの着信。送られてきたのは今から三日前、映画に行った日の夜で、明日は学祭。要するに学祭前日とは今日を指す訳で。 「飯、何がいい?」  隣には亜希がいて、やっぱり相変わらずかっこいい。連絡が来た時は正直なんで今、と思った。こんな気持ちを抱えたまま亜希に会って、普通の顔をしていられる自信なんて無かった。だけど断るという選択肢も無くて、結局そのまま招き入れてしまう。  いつまで友達でいられるかだって、分からない。一緒にいられるチャンスがあるなら、できるだけ一緒にいたかった。 「んー、あっきーが食べたいやつか、自信あるやつ」 「了解。珍しいな」  だって、亜希の料理をあと何回食べられるかも分からないから。自覚してしまったこの気持ちを上手く隠し通せる自信も、こんな気持ちで友達を続けられる自信も無い。初めは上手くいったって、いつか絶対ボロが出る。今出来ることは、できるだけ亜希との時間を作ること。亜希の料理の味を覚えておくこと。そのくらいしかない。  相変わらず冷蔵庫には何も入っていなくて、二人で近所のスーパーに出かける。あぁ、これだけ見れば新婚さんみたいなのに。そんな事を考えながら買い物袋を下げて亜希の隣を歩く。  家に帰ればやっぱり米だけをセットして、あとは亜希が料理をするのを見守る。手際が良くて、テンポよく進む作業過程を眺めていれば恥ずかしいからあっち行ってろ、と追い返される。 「出来たぞ」  亜希に呼ばれて、皿に盛られた料理を見る。美味しそうなトマトソースのかかったピーマンの肉詰めと、透き通った綺麗な卵スープ。付け合せがなかなかに豪華で、皿の端にはパスタと野菜のバター炒めが乗っていた。やっぱりレストランで出てきそうな料理で、付け合せなんて千切りキャベツでいいや、の自分とは大違いだ。 「わぁ、美味しそう……!」 「そりゃな、自信あるやつって言われてんのに適当なもん作れねーだろ」 「うっ、ごめん、プレッシャーかけて……」  思ったより普通に話せていることに驚き、安心する。でも、それもそうか、とも思う。亜希の隣は落ち着く。好きになったって、自覚したってそれは変わらないものだ。 「上手くできたからいい。不味いとは言わせねー」 「ふふ、自信あるね。いただきます」  肉の詰まったピーマンをひとつ、口に運ぶ。 「美味しーい!」  ピーマンの肉詰めなんて、ピーマン嫌いの子供にピーマンを食べさせたいだけの料理だと思っていたのに。どうしてハンバーグとピーマンなんか一緒にするんだ、と。けれど、違う。これはそうじゃない。ちゃんとピーマンがあってこその料理だと、初めて思えたのは自分が子供舌だからだろうか。 「ハンバーグの時と、肉の味変わった?」  前にハンバーグも作ってもらったことがある。その時と同じなら、こんなにピーマンが立たない気がして首を傾げる。その時食べたハンバーグは肉の味が強くて、ハンバーグとして食べるからこそ美味しい味だったと思うから。 「おっ、目敏いな、変えた変えた。さすが俺の料理食べ慣れてきただけはあるな」 「ふふ、いつもありがとう」  お腹いっぱい美味しい料理を食べて、眠くなりつつお風呂の準備をする。 「ごめんあっきー、お風呂沸いたら勝手に先入っちゃって。上がったら起こして欲しい……」  亜希が了解、と言うのを聞いて目を閉じる。なんだ、案外気持ち隠すのって、いけるもんだな。なんて思いながら意識を夢の中へ飛ばす。  約束通り風呂から上がった亜希が起こしてくれて、寝ぼけたままダラダラ風呂に入って髪も適当なままリビングに向かう。ソファに座った亜希がスマホを触っているのが見えた。  隣に腰掛けて、何してるの、と声をかけようとしてやめる。眉根が寄って、唇を噛んだ亜希の、泣きそうな顔が見えたから。  隣に座ったせいで、目を落とせばスマホの画面が少しだけ見える。目に入ったメッセージアプリのトーク画面。会話相手を指す欄に表示された加奈子の文字。 『明日、告白しようかな。学祭だし、いい機会だと思って』  そんな加奈子からのメッセージに 『おう、頑張れよ』  と、亜希からの返信。  それなのに、頑張れよ、と言ったはずの亜希は泣きそうな顔をしていて。全然、応援している顔じゃないじゃないか。 「あっきー……」  まだ、付き合ってなかったんだ。しかも加奈子ちゃん、他の人に告白するんだ。それが少し嬉しい、なんて、そんなことを考えてしまった。亜希は加奈子のことが好きで、自分のものにならない。そんなことは分かってる。それでも、他の人の隣にいる亜希を見るのはどうしても辛いから。  そうやって亜希の不幸を願うようなことを考えたからいけなかったんだ、きっと。 「ねぇあっきー……、そんなに加奈子ちゃんがいいの……?」 「はっ、お前、何、人のケータイ見てっ……!」 「見えただけだよ、ほんとに。……ねぇ、俺ならあっきーのこと、泣かせたりしないよ。だから……、俺にしときなよ」  分かってる、亜希は自分のことなんか好きじゃない。分かってるからこそ、辛くて、苦しい。ソファに水滴が落ちる。乾かさなかった髪から落ちた雫ではない。亜希の涙でもない。……だって、こんなに好きなのに。  亜希の顎を掬って、ほんの少し上を向かせる。驚いて見開かれた瞳には涙が溜まっていて、それすら愛おしい。好き、好き。  そのまま唇を奪う。あ、マシュマロみたい。そんなどうでもいいことを考えた。数秒そのままの状態が続いて、後に突き飛ばされる感覚と左頬に走る痛みで夢の時間が終わる。 「いたっ……」 「っ……るせー!だいたい、全部お前のせいだろ、馬鹿っ!」  普段から荷物を広げないタイプ、ちゃんと整理整頓のできる亜希の荷物はまとまっていて、鞄を掴んで出ていく亜希を何も出来ないまま呆然と眺めていた。 「俺の……せい?」  亜希は確かにお前のせいだろ、と言った。自分は何をしたんだろう。訳が分からなくて、でもそんなことを深く考える暇もなく涙が溢れてきて、引っぱたかれて痛む頬が虚しくて、悲しくてまた泣いた。  キスなんてしなければ、まだ亜希は隣にいたかもしれないのに。こんな感情を抱かなければ、もっと遅くにこの気持ちに気付いていれば、まだ友達でいられたかもしれないのに。だけどそんなifをたくさん並べたところで亜希は帰ってこなくて、ソファに丸まって泣きじゃくることしか出来なかった。
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