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「や、矢田くん大丈夫……?」
横を見れば千草の心配そうな顔。それもそうか、殴られた頬の赤みも、恐らく死にそうな表情も含め、ひどい顔をしている自覚はあった。それに、千草のことだから流から何か聞いているかも知れない。せっかく楽しい筈の学祭なのに、隣にこんな暗い顔の奴がいるなんて、千草に申し訳なかった。
「ん……?あぁ、大丈夫大丈夫……」
嘘だ。昨日も全く寝れなかったせいで若干フラフラするし、泣きすぎて目は腫れぼったいままだし、頬だって痛いし立ち直ることだってできていないままだ。
大丈夫?なんて聞かれて、人の優しさに触れたらまた泣きそうになって、隣の千草が慌てた様子を見せる。私情が全部態度に出てしまう質で本当に申し訳ない。本当は直したいのだ、こんな面倒くさい性格。
「矢田くん、休憩行ってきなよ」
「えっ、でもシフト入ったばっかりだし……、あと一時間近くあるよ……?」
「時間帯的に人空いてるし、大丈夫だよ、きっと。やっぱ無理!ってなりそうだったら、連絡するから戻ってきてくれたら嬉しいかな」
「うん……。ありがとう、ごめんね」
千草の優しさに甘えて、荷物を取って屋台を抜ける。何の気無しにスマホを開けば加奈子からの着信が見えた。
『大学祭、楽しんでる?まだ一日目、あと二日あるし早く帰って休みたいかも知れないけど、今日の終わりちょっとだけ時間もらってもいいですか。時間ある時連絡ください』
文面の後にはお願いします、と可愛らしいスタンプ。丁度暇が出来たし、今返すか、と文章を打ち込む。
『ありがとう、まずまずってとこかな?十六時半くらいなら多分暇になるけど、それくらいでどう?』
送信ボタンを押せばあちらも暇だったようで、すぐに返信が返ってくる。
『私もそれくらいなら大丈夫だと思います。じゃあ、集合は大学のカフェの前でいい?』
了解!のスタンプを送れば再度お願いしますのスタンプが送られてきて、話が終わったのを確認してスマホを仕舞う。
本当は、陸上部の模擬店、遊びに行くね、という話を昨日していて、スマホには亜希の三日間のシフト表の写真が入っていたけれどもう必要ない。どうせ、行ける訳もないのだから。
陸上部のブースを避けるように、行く宛もなく構内を回って、次のシフトまでの時間を潰す。時間が来ればまた持ち場に戻って、それが終われば暇潰しをして……を繰り返せば学祭一日目なんて存外すぐに終わって、明日の準備と片付けをしていればすぐ約束の時間が近付いてくる。
「お疲れ様、明日も頑張ろうね!」
もうそろそろやばいな、と思ったところで誰かが言ったその言葉でお開きになった屋台を後にして、待ち合わせ場所へ向かえば既に加奈子の姿があった。
「ごめんね、こんなギリギリになっちゃって」
「いいの、私が勝手に早く来ちゃっただけだから……。それで、今日、矢田くんに伝えたいことがあって……」
そう言った加奈子の声が、手が、唇が震えていて、緊張が伝わってくる。何、言われるんだろう。できれば亜希の話は聞きたくない。今そんな話をされたら、泣いてしまうから。
「私……、好きなの、矢田くんのこと」「……え…………?」
耳を疑った。加奈子が誰かに告白するつもりだったのは、知っていた。勝手に見たと言えばそうだけど、あれは事故だ。でも、その相手が自分だなんて、思わなかった。
昨日の亜希の顔と、去り際の言葉を思い出す。
『全部お前のせいだろ、馬鹿っ!』
昨日自分は亜希に何を言っただろう。
『俺ならあっきーのこと、泣かせたりしないよ』
そう言ったのは誰だ。亜希にあんな顔、させたのは誰だ。泣かせたのは誰だ。
全部、全部自分じゃないか。
「そういうことか……」
「なっ……、何が…………?」
「あっ、いや、ごめん、そうじゃなくて……。ありがとう、嬉しい。だけど……、俺、加奈子ちゃんとは付き合えない」
一瞬、加奈子の瞳が揺れて泣きそうな顔になるのが見えた気がしたけれど、すぐに俯いてしまって見えなくなる。次に顔を上げた時に加奈子が見せた顔は、眉の下がった元気の無い笑顔。映画を見に行った時にも見たな、この笑顔。今見れば、何かを諦めた顔見えた。
「そっ……か。うん、いいの、何となく分かってたの。矢田くん、他に好きな人いるんだろうな、って」
「え……?」
「初めて話した時、言ったよね。ずっと話してみたかったって。一年の時から、ずっと遠くから見てて、いいなって思ってたの。すごく、かっこいいし、優しそうだな、って……」
加奈子がまた下を向く。軽く指で目元を擦るのが見えて、謝りたい気持ちを抑えた。謝りすぎても相手を困らせることくらい、分かっているつもりだ。
「だけど、話してみて思ったの。矢田くん、好きな人いるんだなって。その人のことしか考えてませんって、顔に書いてあるみたいだった……。だから、今日は振ってもらいに来たの。ごめんね、嫌な役押し付けて……。それでも、伝えたくて。言わずに終わるのは嫌だから」
「うん、伝えてくれて、ありがとう」
最後に、これからも友達でいようねの意を込めて握手をして、それぞれの家路に着く。
加奈子とはこれからもちゃんと話せる気がした。けれど、亜希とはどうだろう。もしかしたら、もう一生話せないままかもしれない。それは嫌だ。そう思ってメッセージアプリを立ち上げてみたものの、やっぱり文章を送る勇気なんてなくて、自分の意気地の無さにため息を吐くばかりだった。
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