サクラサク

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『矢田くん大丈夫?起こしてたらごめんね、何か持って行こうか?』  千草からの着信を見て、ちぐちぐ神じゃん……と思いつつ返事を返す。 『ありがとう、じゃあ今冷蔵庫に何にもなくて……。何か食べ物が欲しいかも』  それだけ打ってまた軽く目を閉じる。 風邪を引いた。荒みまくって荒れた生活リズムの中で、学祭なんて人にたくさん会う行事を迎えたからだろうか。どこからか風邪を貰ったらしく、三日間の学祭が終わった途端に熱が出て動けなくなってしまった。おかげで大学には行けないし、熱のせいで失恋から立ち直れないままの思考はどんどん悪い方に進んで涙は止まらないし、散々だ。 『分かった、じゃあ、何か買っていくね』 『ごめんね〜、鍵開けとくから、入りづらいと思うけど寝てるっぽかったら勝手に入って』  本当は来てから鍵を開ければいいのだけれど、どうしても睡魔に抗えそうになくて、打ちながら玄関の鍵を開ける。 『了解。……ごめんね』 『何が?』 『ううん、何でもない。学校終わったら行くね』  千草のごめんね、の意味は分からなかったけれど、深く気にすることもなく眠りにつく。次に起きたのは前髪が上げられて、額にペトっと冷たいものが貼り付けられた時だった。  あぁ、来てくれたんだ。やっぱり、鍵を開けていて正解だったな。そんなことを思いながらゆっくりと目を開ければ、そこには白くて可愛い友人……ではなく、今一番会いたくない、けれど、大好きな想い人がいた。「えっ、あっきー!?」  あぁ、ごめんねってこういうことか。してやられた。 「おい、逃げんな」  慌てて起き上がろうとすれば顔の横で両手を固定される。後ろめたさで顔を直視できなくて、壁の方を向いて目線を逸らした。 「悪かったなって、思って……。謝りてぇから、こっち向けよ……」 「……っ、謝ってなんか、欲しくないっ……!!だいたい、勝手にキス……とか、悪いのは全部こっちなんだし、虚しさ上塗りしないでよ!」  あぁ、こんなに大声出したの、いつぶりだろう。風邪も相まって喉が痛い。涙も拭けず、ぐちゃぐちゃの顔で真っ直ぐ上を向けば、亜希の驚いた顔が見えた。 「好き……、好きだよ。でも、あっきーはそれには応えてくれないんでしょ……?だったら、謝るなんてそんな……、こっちが虚しくなるだけじゃんか……」  亜希の目が見開かれて、ほんの少し驚いた顔をした。でも、それもすぐに眉尻の下がった、困ったような、傷ついたような、悲しむような顔になる。  優しさは亜希の美点だけれど、今だけはその優しさと真面目さが辛い。先に手を出したのはこちらだ。殴られても仕方の無いことをしたのだから、もう、そんなことどうでもよかった。 「じゃあ、俺も好きだって言ったら?」 「……え………?」  驚きで涙も止まる。だって、亜希は加奈子のことが好きで、自分はそれを奪う形になっていた筈で……。 「加奈子がお前のこと、好きだって言うから……。諦めようとした、お前のこと。けど、無理だった。それに、あの時はお前が俺のことなんか好きになる訳ないって思ってて……。だってお前、好きだって言ってくれなかったから。殴って悪かった。……でも、やっぱり俺、お前が好きなんだ」 「嘘…………」  信じられない。だって、亜希は加奈子のことが好きなんだと、ずっと思い込んできたから。でも、そうじゃなかった。 「なんだ……、ほんとに全部、全部俺のせいじゃん……」  あの時、好きだと口に出さなかったから。そうだ、言わなければ伝わらない。そんな当たり前のことに、今更気が付いた。  ずっと、あのセリフが耳にこびり付いて取れなかった。 『全部お前のせいだろ、馬鹿っ!』  あぁ、本当に全部、自分のせいだったんだ。それなのにこんなことを思っているなんて、怒られるだろうか。  嬉しい、嬉しくて仕方が無い。 「ねぇ、ほんとに……?本気で言ってるの?」 「冗談でこんなこと言えるかよ」 「どうしよう……、嬉しい……!!ねぇ、もう逃げないから、手、離してよ。それで……、抱き締めて」  こちらの要望どうり、ゆっくり抱き締められて上半身が宙に浮く。それに応えてこちらも背中に手を回した。嬉しくて、夢みたいで。涙がこぼれて亜希の肩に落ちる。 「何、泣いてんだよ」  亜希の少し笑った声がする。だって、嬉しい。幸せだ。もうこのまま死んだっていいと思えるくらい。亜希の背中に回した手に込める力を一層強くすれば、亜希の腕にこもる力も強くなる。 「なぁ、キス、したい」 「えぇ、風邪なのに?伝染るよ?」 「そんなの、どうだっていい」  亜希の顔が近づく。やっぱり、かっこいい。自分からした時は無我夢中で何がなんだか分からなかったけれど、今はこんなにドキドキする。  ちゅ、と音を立てて唇が重なって、離れて、亜希と目が合う。細められた目、慈しむような瞳。初めて見る、亜希の顔。お互い、初めからこんなに好きだったのに随分遠回りをしたものだ。 「ねぇあっきー、大好きだよ」  そう囁けば返事の代わりにまた短いキスが降ってくる。あぁ幸せだ。この時がずっと続いたら、ずっと亜希の隣に居られたら。  世界中の、この世の誰より、俺たちが一番幸せになれる。そんな気がした。 fin.
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