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そして現在、場所は変わって大学のすぐ横にあるファミリーレストラン。向かいの席には悠々とコーヒーを飲む流が。
「……で、お前はなんでそんなに不貞腐れてる訳?」
「……あっきーってさぁ、もしかして彼女持ち?」
「はぁ?話が急すぎるだろ」
遡ること半刻前。大学でやるべき事があらかた済んで、帰るついでにグラウンドをフェンス越しに覗いた。勿論亜希が陸上部に入っているのを知っていて、だ。
すぐに走っている亜希を見つけて、亜希を目で追う。
「かっこいー……」
いつになく真剣な顔をした亜希がとてもかっこよく見えて、思わず魅入ってしまう。二人でいる時はそんな顔、絶対にしないから。
亜希が走り終わったのが見えて、歩いてグラウンドから出てくる亜希を追って、フェンスの周りを半周ぐるっと回る。
あっきーかっこよかったよ。そう言おうと決めて、運動なんて大嫌い、鈍足で体育の成績は万年ギリギリ欠点を取らない程度だった筈なのに、弾んだ心が足取りを軽くする。
「おーい、あっ……きー…………」
「お疲れ様、はい、タオル」
「おー、悪ぃ」
目に飛び込んできたのはどこかで見たような気もするけれど思い出せない、だけどとびきり可愛いのは確かな女の子と亜希が仲睦まじく並んで歩く姿。時折顔を合わせて笑い合う、その亜希の顔が自分には普段見せてくれない顔で、胸にもやもやとしたものが募る。
さっきまではスキップを始めそうなほど軽やかに動いていた足が、急に鉛のように重くなって歩みが止まる。暫く立ち尽くした後、逃げるように来た道を戻った。今亜希に会うのはなんとなくまずい気がしたから。
ある程度グラウンドから遠いところまで来て、もう大丈夫だろうと足を止めた。やっぱり運動なんて嫌いだ。ほんの少ししか走っていないのに、ぜぇぜぇと息切れが激しくて馬鹿みたいじゃないか。
「おー、俊介じゃん。大丈夫か?」
「…っ、なが、るん…?」
通りすがりの流が寄ってきて、息が整うのを待ってくれる。
「…大丈夫?」
「大丈夫…。ながるん、このあとなんか用事ある?」
「別に?遊んで行くか?」
「んー、うん、話に付き合ってくれると嬉しいなぁ、みたいな」
そこで流の了承を得て移動した先がファミレスだった訳だ。
「……で、お前はなんでそんなに不貞腐れてる訳?」
「……あっきーってさぁ、もしかして彼女持ち?」
「はぁ?話が急すぎるだろ」
「だって今日あっきーと女の子が歩いてるの見たもん…、もしかして俺、ずっとあっきーと彼女さんの時間奪ってたのかなぁ…」
頬杖を付いたままアイスコーヒーのストローを吸ったけれど、もうほとんど液体が残っていなくてズズー、と盛大に音が鳴っただけだった。
「彼女、なぁ。俺は聞いてないけど」
「そっ、かぁ……」
「でも俺もはっきりとは千草の事話してないしな、亜希はとっくの前に気付いてるけど。付き合ってすぐとかだったら俺が気付いてないだけかもな。何、亜希のこと好きなの」
「そりゃもう。優しいしかっこいいし気は合うし、大好きに決まってるじゃーん」
「いや、そういうことじゃなくて」
分かってるよぉ、と気のない返事をしながらテーブルに突っ伏す。女の子と歩いている亜希を見た時、胸を占めたもやもやの他に感じたのは確かに焦りだった。ただ、それが自分が亜希と過ごしていい時間がほんの僅かしかないことを知って、友達としての亜希が取られるのが嫌だったからなのか、それとも流が言うのところの『好き』だからなのか、はたまた全く別の理由なのか、よく分からなかった。
思い返せば今まで付き合ってきた女の子の中で、自分が好きで付き合った子なんて一人もいない……なんて言えば不誠実だと怒られるだろうか。とにかく、人を好きになる気持ちがイマイチ掴めないままこんな年齢になってしまったせいでこの気持ちがなんなのか、どうにも判断し難い。
「まぁ、いいんじゃね。男同士だし、とか思ってもさ、好きなもんは好きなんだよ。仕方ねーじゃん」
「……うん、そうだね。……なんか、ながるんかっこいいね」
「だろ?……さ、暗い顔すんのはもう終わりな。折角ファミレスなんだし、飯くらい食っていこうぜ」
「乗った。じゃあ俺ハンバーグ食べたい」「俺も決めた」
それからお互いの学部の話をして、近況報告をして、その後はほとんど千草の惚気話をする流の話に相槌を打つ役に回った。人の惚気を聞くのはわりと好きだ。話し手が物凄く幸せそうな顔をする分、聞いている身としても幸せな気持ちになれる。
それでもやっぱりちょっとだけ羨ましくて、少し意地悪してやろうと最近ちょっとしたお巫山戯のつもりで撮った千草とのプリクラを流に見せれば、えー、いいなぁ、俺も撮りたい。と羨望の言葉と共にしょんぼりした顔をしていて、なんだか正直でいいなぁと思った。
「じゃあね、ながるん。付き合ってくれてありがとう」
「おう。また何かあったらいつでも聞くから」
「うん、ありがと。でも何もなくてもたまには遊び誘ってね」
勿論、と快く答えてくれた流に手を振ってそのまま別れる。
あのとき胸に感じたもやもやは流と話して少しだけ軽くなったものの、やっぱり不完全燃焼のまま胸の中に居座って感情を支配していた。
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