百人目の彼女

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 僕らは二人、クラゲホールへ入る。  クラゲの中に包まれているような空間の中へ入っていく。  クラゲプラネット、だ。  静寂の中に響く儚げな泡の音。  きらきら、踊る光が、僕ら二人の足先から包み込んでくる。  ぱあっ、と照らされる百合恵の顔。    そして、いくつもの水槽の中で、ただ、ふわふわ、ただ水中を漂っているだけのクラゲ。  …その姿がふと、今までの僕自身と重なって見えた。  今までの彼女と過ごした日々の記憶がもどかしく断片的によみがえる。  僕は、ああ、無常にたまらなくなって。  ばっ、と百合恵の両手を握る。目の前にあるのは、いとおしい、少し赤らんだ顔。ちょっと目を見開いた。突然のことに驚いたように。 「百合恵、大好き。ずっとそばにいて」  やるせなさに任せて、僕はそう言い、彼女を腕の中へ引き寄せる。強く、強く、ただただ百合恵を離したくない一心で。この際、百合恵だけは、絶対に、絶対に僕のそばから離すわけにはいかないんだ。  黙って僕の腕の中に身を任せて、百合恵はしばらく僕の胸に顔を埋めていた。  百合恵の吐息が、僕の胸を少し濡らす。  心臓の鼓動だけが、空をうって鳴っている。  そうしてどれだけ時間が過ぎただろうか。 「うん、わたしも」  百合恵が、ささやくように言った。    ああ、僕はとうとう救われた。喜びが身体中を電撃のように駆け巡る。九十九人もの彼女を見捨ててしまったことへの罪悪感は消えないが、ようやく新たな出発点に立てたのだ。僕はここに誓う…消えてしまった九十九人もの彼女を愛したかった分だけ、百合恵を愛そう、と。  僕は感極まって、百合恵の顔を見た。彼女は笑いながら涙を流していた。 「私だってずっとはじめに逢いたかったんだもん、ね」 と微笑んで、彼女はすうっと僕の首に腕を回し、その桃色の唇を寄せてきた。  ずっと、か。  僕もずっと『百合恵』に逢いたかったよ、、  僕は静かに、唇を彼女のそれにあてがった。  優しい甘い味がした。涙の味もした。  …と。  ざわざわ、奇妙な音が聞こえる。  何だろう、と周りを見回してみると、さっきまで朧気だったクラゲの動きが激しくなっている。伸び縮みのペースが尋常じゃないほど早くなっているのだ。クラゲ槽に波がたち始めるほど。  え、なんだろう、と思うより先に。 「え、もう時間なの!?」  百合恵がそう叫ぶ。  えっ、時間?と聞き返そうとしたが、 「はじめ、ついてきて!」  彼女は間髪入れずに叫んで僕の左手を掴んで走り出した。僕もそれに吊られて走り出す。  百合恵に引っ張られるように僕は出口のほうへ向かっていく。その途中にあるどの水槽でも、同じような異変が起きていた。魚たちがみな、暴れている。水槽全体が激しく波立っているのが見てわかった。 「な、なに、これは、どういうこと?」 「ばか、説明してる場合じゃないの、早く!」  百合恵が言う。結構、ほかの観客たちは面白がってみているようだったが、そんな人々のあいだをすり抜けるように僕らはひた走りにひた走って、ようやく出口にたどり着いた。 「はあ、はあ…」  あまりの全力疾走ぶりに息が上がってしまった。一方、百合恵は疲れた様子も見せず、東の方の夜空を指さした。 「ほら、あれ、見て」
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