百人目の彼女

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 えっ、帰るの。  また、僕は、硬直した。 「本当はさ、私がはじめのパートナーになってしまえば、帰らなくてよかったんだけど、九十九人もいるじゃん、ほら」  百合恵は少しだけ悲しそうに後ろを振り返った。 「ボスに怒られちゃうからね」  そうか、百合恵は本当にそのための任務で来たんだ。あくまでも人類存続のためのプロジェクト。僕と恋愛関係になることが目的では決してなかったのだ。百合恵の仕事は僕らを火星に届けることだけ、なのか。  でも、これほど僕のために尽くしてくれた女性なんて、今までいなかった。 「違う」 「え?」 「それは違うよ」  僕は必死で百合恵にそのことを伝えようとした。 「百合恵だってあの九十九人と同じように僕の彼女で、大事で大事でしょうがない存在なんだ。僕ら、心も通じ合ってたでしょう?その深い瞳に、百万年先からの運命を感じたんだよ」 「百合恵のこと、もう絶対に離さないって誓ったんだ」  ああ、上手い言葉が言えない。脂汗がにじんでくる。 「百合恵を離すくらいだったらいっそあの九十九人を置いてったって構わないよ。ねえ、どうか、一生僕のそばにいてほしいんだ。絶対に行かないで、お願い」  自分でも信じられないような、告白だった。  言い切ってから、百合恵を抱き寄せた。  アクアリウムのハグの時とは違う。  今度は、一生百合恵を守る、一生百合恵のそばにいる、という想いを込めて、息ができないほどに強く。  僕の肋骨が、百合恵の頭蓋骨に、僕の高鳴る心音を伝えてゆく。ああ、緊張でがちがちだ。  彼女を抱く両腕が露骨に諤諤、震えている。  そのまま、長い長い沈黙。胸が波打って、荒い呼吸がキャビンにこだましている。暑くもないのに汗がたらり、垂れる。  僕は、ただ、待ち続けていた。百合恵の答えを。    はらり、とーん…  涙が零れ落ちる音がして、  二本の優しい腕が、僕の背中をぎゅっと抱いた。
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