colorful

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 人を掻き分けて近づくと、先程は遠くてよく解らなかった顔を確認する事が出来た。 (やっぱりあの子だ)  厚志はそれとなく、体一つ分程の距離を開けてベンチに座った。ちらりと彼女を横目に見る。  鞄を膝に乗せ俯く彼女の周りはどんよりと曇って見えた。 (灰色だな‥‥‥)  自分もこんな感じだったのだろうか、そんな風に思っていると、想像していたよりも落ち着いた声が隣から聞こえてきた。 「ナンパですか?この間、目が合った人ですよね?」  驚いて目線を合わせると、彼女は不愉快だと言わんばかりの目で厚志を睨んでいた。その頑なな表情に厚志は吹き出してしまった。 「残念ながら違うよ。てか、よく覚えてたね、俺の事」 「‥‥‥そっちだって」  彼女はあきらかに不機嫌になって目を逸らす。ナンパじゃないのが何となくプライドを傷つけたのか、ふて腐れる顔が子供らしくて可愛かった。 「そりゃあ、あんな体験滅多にないしね」  厚志が笑って見せると、びっくりしましたとやっと解れた表情をした。 ひと通り、他愛も無い会話をし、途切れた所で厚志は極力さり気なく聞いた。 「‥‥で?ここ最寄り駅なの?」 「‥‥‥違う」  途端に落ち込む顔に厚志は小さく息を吐く。いざとなると聞いて良いものか迷ったが、こうなっては放っておく訳にも行かず、どう聞こうかと思案する。  嫌な沈黙にそろそろ耐えきれなくなった頃、彼女の消え入りそうな声が聞こえた。 「メール‥‥読んだ後にすぐ返事しなかったから‥‥」 「で?」 「友達と気まずくなって、なんて謝ろうかと‥‥‥」  厚志はポカンと口を開け、それだけ?と言う言葉を寸での所で飲み込んだ。  テレビか何かで見たことがある。この位の年頃の子達にとっては大問題なのだ。  しかし、申し訳ないが厚志は笑いを堪えるのに必死だった。  「既読」あのメンドクサイ機能は誰が開発したんだ。よくよく考えれば、いつ読んだか何てなんでわかる必要があるのだろう。自分が学生の頃、大人に近付けば自由になるのだと思っていた。けれど、どうだ。 「どんどん窮屈になるなぁ‥‥‥」  厚志はポツリと呟くと彼女を見た。 「今の子は大変だな‥‥‥。ゴメン、忘れてた、じゃダメなの?そんな事位であんなに暗い顔してたんじゃ可哀想だ」 「そんな事‥‥‥」  せっかく飲み込んだ言葉を結局口にしてしまい、厚志は内心ため息をついた。 「悪い、そういう意味じゃ」 「いいんです。そうですよね、私もそう思います」  彼女はそう言うと、微かに笑った。その瞬間、彼女を暖かみのある色が包んだ気がした。 「やっぱりゴメン」彼女の横顔に謝ると、厚志は言葉を続けた。 「幾つになってもさあ、他人から見たら“そんな事”って事で悩むもんなんだよね。俺もこの間までそうだったよ」 「・・・・・・そうですか、大人になってもそんな物ですか」 「だねえ・・・・いい意味で割り切ったりできれば楽なんだけどね」  厚志は役に立たなくてゴメンとまた謝った。彼女はそんな厚志を驚いたように見つめる。 「あの、お幾つなんですか?」 「え?俺?26」  歳を聞いたまま何かを思案するように彼女は暫らく黙ってしまった。彼女の華奢な手が膝の上の鞄の取っ手を弄ぶ。厚志は何となくその動作を見つめる。すると、徐にまるで何かを思い出したかのように彼女が呟いた。 「そっか・・・・少なくとも、まだ後8年は小さなことで悩むんだ・・何か馬鹿らしくなってきました」 「へ?いやあの・・・自棄になっちゃダメだよ?」  厚志が焦って宥めると、彼女はふにゃりと笑ってこう言った。 「いえ!いい意味での割り切りですよ?あの‥‥‥また、お話したい時はどうしたらいいですか?」   にこやかな笑顔で彼女が見上げてくる。厚志はまっすぐな瞳に戸惑いを隠せず俺と?と聞いた声が思わず裏返ってしまった。 「そうです。迷惑ですか?」 「‥‥‥いや、いいよ」  厚志は携帯を取り出して連絡先を教えあうと、そこで初めて名前も名乗って無いことに気がついた。 「せとあつしさん‥‥」  彼女が自分の携帯に入った厚志の名前を嬉しそうに読み上げる。ころころと鈴を転がしたようなその声に、厚志は何だかこそばゆくなった。 「瀬戸さん、よろしくお願いします」 「こちらこそ、斎藤えりなさん」  変な挨拶を交わすと、丁度えりなが乗る筈の電車が入って来た。 「ほら、もう帰りな」そうえりなを促すと、彼女もはいと立ち上がった。 「いつでもメールしてくれて構わないから。あ、でも社会人は読んでもすぐには返せないからね」  厚志は少しからかうような笑みを浮かべえりなを見る。すると、「わかってますよ!!」と眩しい笑顔を返してくれた。  そのまま乗り込む彼女を見送る。  あれがあの子の本来持つ顔なのだろう。  厚志は思わず緩んだ口元を手で覆った。奇妙な出会いがもたらした奇妙な縁。  8歳も年下の友達が出来たと言ったら相澤はなんと言うだろう。 「さ、帰るか‥‥‥」 電車が去ったホームから冬の空を見上げると、空気の澄んだ空に浮かぶ月がことのほか色鮮やかに見えた。
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