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「最後に何を望むか、決めたかにゃ?」
ツヤツヤしたグレーの毛並みを誇るように、ネコが俺に問う。
「まあな」
俺は万感の想いを込めてネコに告げる。
「あの日に戻してくれ」
「前にも言ったけど、生死は関与できないからにゃ。死人を生き返らせることはできにゃい望みだにゃ」
ネコが丸い目を細めた。
「わかっている。だからいいことを思いついたんだ。おまえも、面白いと言うさ」
「だけど、ここでは言わにゃいと」
「現場に着いてからのお楽しみだ」
「まあいいだろにゃ。あたいも長く生きている。暇潰しくらいにはなるにゃ」
「盛大な暇潰しをさせてやるよ」
「さすが、あたいが見込んだだけはあるにゃ。楽しみにしているからにゃ」
では叶えよう。
おまえの願い。
百個望めるんだ。
また一つ減らして望めばいいさ。
俺はネコとともに。
時の狭間に潜り込んでいく。
※ ※ ※
そうだ。
あの日も小雨が降っていた。
俺があいつを失ったあの日。
ネコが俺に語りかけてきたあのとき。
いつも何度も、戻ろうとした。
望みを一つ、叶えたいと願った。
※ ※ ※
雨が降っていた。
グラウンドが使えなくて、校舎階段の駆け上り駆け下りだけで本日の部活が終了した。いつもより早く終わった。
だから俺はあいつを、学校横の堤防道路に誘い出した。
「で、何の用? すっごく増水した川を一緒に見学、なんて趣味はないよね」
いつも穏やかな小川は、今朝方まで降った土砂降りを集めて濁流となっている。大河のようにどうどうと流れていた。
まるで俺の胸が騒いでいるようだ。
だから俺は言おうとしているのか。
「うん。ずっと心の中にしまっておこうと思ったんだけど。前に進むために話しておきたくて。聞いてくれるだけでいいんだ」
杉伴は俺など眼中にない。
この恋は成就しない。絶対拒否られる。
告白して討ち死にしよう。失恋におあつらえ向きの景色の中で号泣しよう。
あいつを待たせたら言い出せなくなる。さっさと話してしまえ。
って。
「何、やってんだ、杉伴?」
俺が一大決心をしたというのに、杉伴は堤防のフェンスに足をかけている。
「だって南丘、あそこにネコがいるんだ」
あそこ。
フェンスを乗り越えて、フェンスに掴まって手を伸ばせば届くような場所。桜の木の枝の上。
そこに濡れそぼったネコがいた。
普段なら簡単にネコを保護できた。
だが今日はさすがに危ない。
一歩足を踏み出すだけで急流に呑み込まれる。俺は躊躇した。だけど杉伴はためらわなかった。
手を枝に伸ばしてネコを保護した。
杉伴は俺ができなかったことをやすやすとやり遂げた。
ネコを受け取った俺は杉伴を賞賛した。
「すごいよ、杉伴ってば」
フェンスに掴まったまま、杉伴がにやりと笑った。
笑った直後、杉伴が俺の目の前から消えた。フェンスを掴んでいたはずの手が、なくなっていた。
「流されたっ!」
部活帰りの女子たちが大声を上げた。
俺たちのネコ救出現場をいつの間にか見守っていた女子たちが、警察に電話した。高校に戻り、先生に救助を要請しにいった。
それらの話は後日、同級生たちから知らされた。直後の俺は、茫然自失となっていた。驚倒して、記憶を一部失ったらしい。
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