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「違う……」  私は正直に、力の入らない頭を、精一杯横に振ります。 「私には、そんな力ありません……桃の花が、桃の花だけがあんなに咲いたのは、偶然なんです……」 「そうですか。では勝手に思うことにします。貴女の想いが、桃の花をあれだけ立派に咲かせてくれて、俺の心を慰めてくれたのだと」  淡々と紡がれていく声には、雨音よりも迷いがない。涙と雨でぐちゃぐちゃになっている私の頬は、余計に熱く濡れていきました。 「深海さんは……どうして毎晩、あの神社に通ってるんですか……?」 「"しんかい"さん、とは?」 「あ……ごめんなさい。名前を知らなくて……貴方のこと、心の中で、勝手にそう呼んでいました……貴方の瞳、綺麗なのに暗くて、まるで深い海みたいだから……」  朧気(おぼろげ)に揺れる涙の向こう。今までで一番近くで見られる深海さんの瞳を、私も真っ直ぐに覗き込みます。  月は昇らないけれど、石灯籠の灯りのお陰で見える。光と影とが入り混じる、儚い暗闇が。 「いつも、何をお願いしてたんですか……?」 「……(うしな)った二人の友が……安らかに、眠れるようにと」  悲痛な面持ちで、そっと目を伏せる深海さん。  私はようやく知りました。深海さんに絶えず付きまとっていた翳りの正体が、大切な人達との永遠の別離(わかれ)だったことを。
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