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「貴女の名は?」
「え……?」
「貴女の名。教えてください」
「え、あ……えっと……」
何だっけ。お母さんが与えてくれた名前は。お母さんだけが呼んでくれた、私の名前は。
「ひ……緋桃、です……」
自分でも忘れかけていたものを、久方ぶりに口にするのは、何だかすごくむず痒い。
でも、思い出せたご褒美でしょうか。風が騒ぎ始めたところで動じない、石灯籠の眩く生き急ぐ炎が、奇跡を映してくれました。
「ありがとう……緋桃」
嘘。嘘。嘘。まるで、夢のよう。
ここで時間が凍ればいいのに。私は目を見開きました。
私の名を呼んでくれた蒼麻さんは、とても穏やかに微笑っていたのです。包帯に包まれた手を、そっと私の頭に乗せて。
すぐに表情は消え、頭の上の温度も離れたけれど。
「でも……貴女が言ってくれたような"優しい人"ではないので、俺は貴女を殺します」
「……殺してください。蒼麻さんの手で……」
頷いた拍子に、世界がまた、涙で崩れてゆきます。
嗚呼。こんなに立て続けに願い事が叶うなんて。こんなに幸せなことがあるなんて。もう本当に、思い残すことなんて何もない。
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