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 手のひらにも手首にも濃く刻み込まれた、治りそうもない沢山の赤い痕。  きっとこの傷の数は、これまでに蒼麻さんが見送ってきた命の数。その度に、癒されることなく積み重なった、蒼麻さんの痛みの数。 「……異常なんかじゃ……ない……」  濡れていく大きな手を、私のこの手で包みたい。だけど、どうもがいても硬い縄は離してくれないから、幾つもの悲しみを背負う手のひらに、私は頬だけを寄せました。  頬を汚す真新しい血も、触れた先に生々しく残る傷痕達も、(ちり)ほども怖くない。 「貴方の血は……こんな苦しい世界から、私を解放してくれるもの……そうでしょう?」  もう本当に、これで最期。そう覚悟した私の口は綻びました。 「貴方と出逢えて……こんなに貴方を好きでいられて、私は、とても、幸せでしたっ……」  頬を滑り、雨に溶けていった涙は、一滴(ひとしずく)。  冷え始めてきたせいでしょう。微かに震える蒼麻さんの手に、私は口付けました。  雷に、貫かれたよう。刹那、舌が、脳が、手足が、全身が、痛い程に痺れました。  美味しい。お母さんよりも。私が手に掛けた男の子よりも。甘くて、濃厚で、雨粒と混ざって舌の上で(とろ)けていく。愛おしい。  そう感じるのと同時に、鼻の奥が窮屈になっていく。頭の奥から、身体中から、一遍(いっぺん)に力が抜けて、動かない。  世界が、想い出が、苦しみが、理性が、感情が、私から消えていく。  最期に想うのは、私の拠り所だった恋心。 「私を救ってくれて、ありがとう……蒼麻さん……」  冷たい雨の音色から離れ、私は温かい闇の底へと堕ちていきました。
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