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刹那、立ち眩みがしたけれど、私はすぐに背中を真っ直ぐに伸ばしました。
嵐の向こう側から、私をざわめかせる音が聞こえてきたのです。からからと、下駄が石段を踏んで歩いてくる音が。
近づいてくる足音に耳をすませながら、私は急いで桃の木の背中に引っ込みます。幾年も根を張っている太い幹は、幼い私を上手く隠してくれます。
もうすぐ。あと数段で、階段を上り終わる。そわそわと心を浮かせながら、私は鳥居の向こうを見つめます。
ほんのりとそよいでくる、芳しい匂い。
月光を背負う鳥居を潜ったのは、息苦しいほど私の鼓動を乱すのは、人の――人間の影。
嗚呼。今夜も現れました。落ち着いた色を持つ瞳の中に、深海のように静かで物憂げな光を浮かべてるあの人が。包帯を巻いた手には、凛と伸びた美しい小さな花を二本、大切そうに抱きしめています。
見かけるたびに、その身から、濃密な血の匂いを撒き散らしてくる深海さん。必死に息を押し殺す私に気付くどころか、舞い散る花びらにすら目もくれず、本殿の方へ進んでいきます。
あの人は、夜になると必ず此処へやって来ます。何か大切なお願い事があるのでしょう。いつもいつも、賽銭箱に花を供えて、注連縄の先の鈴を鳴らして、手を合わせているのです。
深海さんを見かけるようになってから、今日で何度目の夜になるでしょう。深海さんを見るのはいつも、太陽が消えていってから。
それがいつも不思議でした。空が闇色に染まってからしか来ないのは、一体何故なのでしょうか。深海さんは夜が怖くないのでしょうか。人間なのに。
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