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悪戯な風にさらわれる花びら達が、今夜も、大きな背中へと飛んでいきます。
ちょうどお願い事を終えたのでしょう。振り返った深海さんが、暗い髪を靡かせながら顔を上げました。
平静な顔をまた目にして、私は盾にしている木の幹をしっかりと掴みました。鼓動がおかしくて、何かに掴まっておかないと、心臓が何処かに飛んでいってしまいそうだったから。
風に揺さぶられ、花をぶら下げながら闇に蠢く枝達が、手招きでもしているかのよう。
住み処を離れ、月光へ旅立とうとする花びらの元で足を止める深海さん。花越しに空を眺める双眸に、私は今夜も映らない。
「……今夜も綺麗だな」
言葉を五月蝿く荒立てそうにない口が、春の花への賛辞を呟きました。荒れる空気の波に、その長い手を伸ばして。
甘い香りがそよぐ月夜の境内に、初めて響いた深海さんの声。花びらを掬い取ろうとする、包帯に守られた深海さんの指。
いいなぁ。私も花だったら、何も怖がらなくて済んだのに。何も考えず、ただ自由に咲いて、好きに散っていけたのに。きっといっぱい、『綺麗だね』って言ってもらえたのに。
私が声をかければ、深海さんは私を見てしまう。その瞬間に、もう此処へは来ないと決めてしまうかもしれない。だから私は、木陰でじっと、息を潜めているしかありませんでした。
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