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壱
闇を背負って聳え立つ鳥居は、何故こんなにも美しいのでしょうか。罅も入っていれば、色も剥げて汚れているのに。その足元に寂しく傾く、彼岸花の葉のせいでしょうか。
風が荒れると、枝が揺れ、桃色の花びらが乱れます。同じように、花びらと同じ色をした私の髪も、着物の裾も、ゆらゆらと揺蕩います。
温度の無い冷たい夜月と、境内に散らばる紙灯篭。天に浮かぶ唯一の青白い明かりと、地面に転々と広がる橙色の灯り。天と地の光の狭間に立って、私は孤独な夜を満喫します。
寂れきった本殿。風と草木が囁き合う声。ざわめいては吹き荒れる、桃色の花びら。柔らかい春の夜の香り。
この季節になると思い出します。幼い私を怖がらずに拾ってくれて、お腹が空けばいつも温かい食事を与えてくれたお母さんのことを。
思い出すと、飢えたお腹が鳴りそうで、私は春の風を精一杯大きく吸い込みました。
「お母さん……もう少しだけ、一人で待っていてくださいね」
漆黒の空を仰ぎながら、今夜も天国のお母さんを想います。
まだもう少しだけ、此処にいたい。我が儘を胸に抱いて、私は花桃の木を見上げました。
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