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雨天の花火
「残念だったね」
心待ちしていた夏祭り、日中降り続いていた小雨の所為で、花火大会は中止のアナウンスが流れたのは心残り。
揃いと言う訳にはいかなかったが、浴衣で落ち合う交差点。
初めて見る彼の和装に何故か自分の身が引き締まる思い。
「こればっかりは仕方がないよ」
団扇を右手のあたしに対して、腰の後ろに団扇を差した彼は笑顔で肩を竦めて見せる。
絣だろうか。落ち着いた色合いの浴衣に、何時もはやんちゃな印象の彼が大人びて見えて、我が身に触れる綿麻の乾いた感触が一入思い出させられる。
「下は仕方ないけど、上はしないで行きなさい」
浴衣を買った時専用下着も買っていたあたしは姉の言葉に最初は抵抗を覚えたが、続けた姉の言葉に思い直した。
「彼氏と合うんでしょ?自分が女であることをちゃんと認識して置く為よ」
昨年挙式を上げた姉はあたしの知らない理屈を言う。
「金魚すくいも有るな」
笑顔で言う何気ない彼の言葉が、その都度あたしの身を竦ませる。
(屈んだら見えてしまうんじゃないだろうか)
「向こうに綿あめあるな、行ってみようか?」
履きなれない下駄の鼻緒が気になる。
(よろけて裾が割れたら素足見られちゃう)
普段スカートで逢う事もよくあるし、ミニスカートで太ももも露わにしているくせに、何故か今夜はやけに気になる。
一人で気にして一人で頬を熱くしてしまう。
姉がアップにしてくれたうなじが熱く感じられて必要以上に彼の視線を感じさせられる。
ふと見上げた視線が彼の視線と絡み合う。
慌てて視線を逸らす彼に怪訝な顔を向けると、周囲に聞こえないような小声で彼は言った。
「今日は、なんて言うか、綺麗だ……」
頬を朱に染めて言う彼の言葉に身体が熱くなる。
「花火、観たかったね」
恥ずかしさに耐えて答えたあたしの言葉に彼はこう返した。
「俺の目にはこれ以上ない綺麗な花火が映ってるけど」
見上げた彼の瞳の中に、あたしの浴衣の花火が映っていた。
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