抜け穴

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 学校の周囲を囲む生垣の一部に、一ヶ所、抜け穴になっている部分がある。  大人は無理だけれど、子供の大きさなら通り抜けることができるから、便利な近道としてみんなそこを利用している。  俺も当然その抜け穴を使っていたけれど、ある日友達が妙なことを口にした。 「あの抜け穴って、途中で道が分かれてて、そっちに進むとすんげー広くて綺麗な場所に出られるんだぜ」  その言葉を聞き、俺は友達とすぐさま抜け穴に向かった。でも、どんなに探してみても途中で道が分かれる所なんてない。 「道が分かれてるトコなんてないじゃん」 「なんだよ。お前、見つけられないのかよ」  俺の代わりに抜け穴に友達が頭を突っ込む。四つん這いで進む影響で生け垣がしばらく揺れていたが、 「おい、ここ! 今俺がいるから潜って来いよ!」  揺れが収まると同時にそう言われ、俺はもう一度抜け穴に頭を突っ込んだ。  這って前方へ進むが、友達の姿はどこにもない。生け垣は一メートルもない幅だから、途中でいくなるなんてありえないのにだ。  道が分かれているという部分から別ルートに入ったのだろうか。でも俺にはどれだけ調べてもそちらへ入る場所が見つからない。  本当はそんな分かれ道などなくて、友達は抜け穴の外に出ているのではないだろうか。  そう信じ、抜け穴の反対側に出たけれど、そこに友達の姿はなかった。  俺を置いて帰っちゃったんだろうか。そんなことをする奴じゃないけれど、どれだけ名前を呼んでも返事がないし、 もう一度だけ抜け穴の中を調べてみてもやはり分かれ道などなかったから、もう、先に帰ったとしか考えられない。  日も暮れてきたから俺も帰ろう。そう思って帰宅した数時間後に友達の両親から電話が入った。  もうかなり遅い時間なのに、友達が家に戻って来ないというのだ。  電話に出た母親に、友達とはいつ別れたのかを聞かれ、俺は昼間のことをありのままに話した。  その翌日、学校に向かうとあの抜け穴の前に、立ち入り禁止と書かれた柵が置かれていた。  あの抜け穴で何かあったのだろうか。まさか友達がとんでもないことになってしまったのではないだろうか。  不安に駆られる俺に、担任が声をかけてきて、俺は教室ではなく校長室につれて行かれた。そこで、昨日友達といた時の話を詳しく聞かれた。  結果として、友達が見つけたという抜け穴のことは信じてもらえなかった。  友達がいなくなったのは、俺が抜け穴の中にいる時、何ものかが先に穴の外に出ていた友達を何らかの理由で攫ったからということになり、 その先は、俺は詳しいことを教えてもらえないまま、警察が誘拐事件として友達のことを探したけれど、友達が見つかることはなかった。  はっきり事件と呼べる友達の失踪から十数年。  社会人となった俺は、通勤の途中、近所の子供達の会話で『それ』を耳にした。 「あの抜け穴って、途中で道が分かれてて、そっちに進むとすんげー広くて綺麗な場所に出られるんだぜ」  一言一句違わぬ、忘れることのできないそのセリフ。あの日友達が俺に語って聞かせた言葉。  あの事件の後、生け垣の抜け穴は確かにふさがれたのに、知らぬ間にまたもとの抜け穴ができ上がったのか。そして、あの日の友達のように、 そこに分かれ道があると言い出す奴が出て来たのか。 「ちょっ…ごめん。今の話なんだけど」  唐突に声をかけた俺に、小学生の二人組が不審さを丸出しにした顔で足を止める。それでも俺は自分の気持ちを抑えられず、 今、昔友達が口走ったことと同じことを言った方の男の子に質問を向けた。 「その分かれ道の向こうに、君達と同じくらいの、これこれこういう感じの男の子がいなかったか?」 「いたけど。オジサンなんでそれ知ってんだ?」  子供の片方がさらに不審げに俺に問う。でもその質問はろくに俺の耳には届いてなかった。  ああ。そうか。友達は俺に自慢した場所に今もいるのか。でもそれは、アイツにとって幸せなことなんだろうか。 「あの、もし今度…いや、なんてもない。引き留めて変なこと言ってごめんな」  俺の態度に不信感マックスな様子で、子供達が全速力で走る去る。その後ろ姿があの日消えた友達と少しだぶった。  伝言なんてしない方がいい。もうあれから十年以上の時間が経ってるんだ。それでも友達はあの頃のままだというなら、 この件は蒸し返さない方がいいのだろう。  あ、でも今俺、あの子達に変なことを尋ねたから、それがきっかけで抜け穴の分かれ道に入れる子の方に何かあったりとかするかもしれないし、 そもそも友達みたいになる可能性もある。  不審なオジサンで悪いけど、感傷に浸るより、あそこは危ないって教えてやらないと。  俺には行けなかった所にいるアイツには悪いけど、今の子達、仲良さそうだったから。俺みたいに、ある日突然仲良しがいなくなる悲しさを味わってほしくないんだよ。 「おーい。キミ達。ちょっと待ってくれ!」  あからさまに怪しい人で構わない。あの抜け穴に入った友達が消えてしまう。そんな思いはもう誰にも味わってほしくないから、俺の忠告を聞いてくれ。 抜け穴…完
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