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2話
医者というのはやはり儲かるらしい。
高そうな家具や気取ったインテリアを眺めながら舌を打つ。別にうちが貧乏というわけじゃない。母さんのおかげで何不自由ない生活はできている。でもなんとなく腹が立った。
俺は今、父親を名乗る男のマンションにいる。本物の父親かはわからない。
怪しいと思いながら、のこのことついて来た。こいつが誘拐犯とか連続殺人犯だとしても、逃げるのは簡単だと思ったからだ。織田は俺より背が低く、弱そうだ。いざとなったらぶん殴ってしまえばいい。
「お腹空いてる?」
織田が訊く。
「空いてるけど、いらねー」
「そう? 何か作ってあげようか。料理、得意なんだよ」
「いらねー」
ぶっきらぼうに応える。
「つーかあんた本当に俺の父親なのか?」
織田は微笑を絶やさずにうなずいた。父親と言われても全然ピンとこない。長めの黒髪を綺麗にセットした、品のいい顔立ち。俺とは似ていない。
「明日にでもお母さんに訊いてみるといいよ」
言われなくてもそうするつもりだ。織田は俺をソファに座らせると「何か飲む?」と訊いた。
「いらねーよ。それより訊いていいか?」
「うん、何?」
「なんで離婚したんだ?」
織田は小さく息を吐き、俺の隣に腰を下ろした。
「一騎は私のことを全然覚えてないみたいだね」
「覚えてない。だからまだ完全に信じちゃいない」
「私が偽の父親だと?」
織田は声を出して笑った。
「なんのためにそんな嘘をつくのかな。なんの得にもならないよ」
「そうかよ。じゃあ質問に答えろ」
「そっけないなあ。父親なんて興味ない?」
「その通り」
「じゃあどうしてついてきたの?」
少し考えて、答えた。
「なんで離婚したのか訊きたい。それだけ」
「ふうん」
何がふうんだ。人を見下したような態度にイライラし始めていた。
「母さんが嫌いになったから?」
「昔はママって言ってたのにね」
「はあ? 知らねーよ」
「そして私のことはパパって呼んでたよ」
「どうでもいい」
フフと織田は笑った。
「いいよ、教えてあげる」
織田はゆっくりと唇を舐めた。その仕草はぞっとするものがあった。俺は織田から目を背けた。どうしてだか、急に恐怖を感じた。握りしめた拳に汗が滲んでいる。
唐突に、耳に吐息を感じた。すぐ横に織田の顔がある。
「私がね、君を犯したからだよ」
耳の横で囁いた。意味がわからない。眉をひそめて織田を見た。
「たった五歳の、しかも自分の息子を犯したから。嫌がる君に無理矢理押し込んだよ。皮膚が切れて血が出ても私はやめなかった」
俺は笑いながら立ち上がった。
「あんた頭おかしいよ、そんなデタラメ」
「真実だよ。その現場を祥子に見られてしまって、それで離婚。彼女は私を何度も何度も殴りつけた」
「帰る」
俺は織田をすり抜けて玄関に向かった。靴を履いてドアを開けようとしたが、チェーン状の鍵がかかっていた。舌を打ち、手を伸ばす。
「帰さないよ」
背後で織田の声がした。
直後、首に痛み。
「つっ……、なんだよ!?」
振り払うと、コツン、と足元で何かが跳ねた。目を疑った。注射器だ。
「は? なんだ、これ……」
「一騎」
織田が笑いを含んだ声で俺の名を呼ぶ。脳がぐらりと揺れた。
――パパやめて!
幼い叫び声が聞こえた。両耳を押さえ、振り返る。織田の顔がすぐ目の前に迫っていた。胸を押した。つもりだった。力が入らない。織田の胸にすがりつく。
「いい子だね」
抱きしめられた。耳に息がかかる。気持ち悪い。突き飛ばそうともがくのに、なんの手応えも感じない。力がまったく入らない。
「やめ、やめろ……っ」
玄関のドアに押しつけられ、股間を揉んでくる。
「あっ……!」
勝手に声が出て、体が無様に揺れ動く。
――やだよ、痛い、痛いよぉ!
脳内で絶叫する子どもの悲鳴。
ガクガクと膝が震えた。
恐怖。痛み。
思い出した。
あのときの、幼い頃の感情が、閉じ込めていた記憶が、蘇る。
「ち、くしょぉ……」
膝をつく。視界が回っている。おかしい。吐き気がした。
「はっ、はあっ……」
「薬が効いたかな?」
織田の声が降ってくる。声はエコーがかかっている。見上げた。視線が定まらない。
「さあ、ベッドにいこう」
体が浮いた。どろどろに溶けたゼリー状の中を、体が浮遊している。
何が起きている?
柔らかい羽毛の中に突き落とされる。体が沈んでいく。
「一騎」
俺の名前。
「可愛い私の息子」
唇に何かが触れた。ぬめりを帯びた生暖かいものが侵入した。
いやだ、やめろ。
声が出ない。
視界は歪んでいた。でもわかる。織田が、俺の体を組み敷いている。見下ろしてくる目は妖しく揺れていた。
「さすがボクシング部。いい体だね」
織田は喋りながら俺の胸板を指でくすぐった。
「探偵を雇って調べたんだよ、君のことを全部知りたくて」
二本の指が突起を強くつまむ。
「あ……っ」
痺れるような快感に戸惑いながら、固く目を閉じて、必死で耐えた。
「離婚したあと祥子は君を連れて私から逃げた。逃げたつもりでいた、と言ったほうがいいね。私はずっと見ていたよ。君のことならなんでも知ってる」
乳首を弄っていた指が離れた。俺は恐る恐る目を開けた。
「君は可愛い。私の大事な、たった一人の分身」
つ、と指が腹の上を滑った。爪の感触が下へ下へとゆっくり移動する。逃げなければ、と思うのに、まともに体が動かない。指が、下腹部に潜りこみ、俺のモノをつかむ。
「うっ……やめ……」
声を振り絞る。織田は低く笑った。
「すごく硬くなってるよ」
責めるように言うと、手を上下させ乱暴に扱いた。
「ひっ……、や……」
喉の奥で引きつれた悲鳴が上がる。
やめろ!
頭の中で虚しく喚いた。織田の手の中で硬くなっていく自分自身が信じられない。
「もうぐちゃぐちゃだね、一騎。パパにこうされるのがそんなに嬉しいの?」
唇を噛んで涙を堪えた。羞恥で死にそうだ。
織田は自分の手のひらをまじまじと見つめていた。俺から出た体液で、ベタベタに濡れていた。
「こんなに勃たせて」
ギュッと根元を掴まれ、俺は悲鳴を上げた。
「そろそろ限界かな」
織田はフフと鼻で笑うとスーツを脱ぎ捨て、ベルトを抜いてズボンを下ろした。そこから突き出た物体に、脳味噌が警鐘を鳴らした。逃げろ。早く逃げろ。
俺は精一杯努力して体を反転させると、這って織田から逃げようとした。
「すごい精神力だな」
腰をつかまれ、引き寄せられた。
「でも逃げられないよ」
愉快そうな織田の声。
「ころ……すっ! てめえは、ぜっ、たい、……殺す!」
「殺す? できっこないよ」
肛門に何かが侵入した。指だ。織田の指が内壁を広げるように動いている。気持ち悪くて腹が波打った。
「やっ、やめ……」
言葉が出ない。織田は俺の反応を面白がるように指を二本に増やし、グルグルと回転させた。
「ひぃっ……!」
痛みで萎えかけていたペニスが跳ね起きた。目が眩むような快感が、下腹部から伝わってくる。混乱した。嫌なのに、どうして、こんな。
「ここが気持ちいい?」
織田の声が背中で響く。指先が、何度もしつこくそこをノックした。無意識に腰が揺れる。
「あっあっあっ……ああぁぁっーーー!」
俺は情けない悲鳴を上げて精を放出した。しばらく肩で息をした。抵抗する気力も失せ、踏み潰された蛙のようにラグの上にへばりついた。
「可愛いなあ、一騎は」
音を立てて俺の背中にキスをする織田。どうでもよかった。勝手にしろ、と言いたいくらいだ。やかましく鳴り響いていた心臓が徐々に落ち着きを取り戻した頃、織田が言った。
「でもまだ終わってないよ」
腰を高く持ち上げられた。尻に硬い何かが触れる。織田の怒張したモノが俺のあそこに入ろうとしている。気づいて、汗が噴き出した。
「すぐ終わるからね」
やめろと言おうとした。でもそんなことは無駄だと悟り、歯を食い縛る。
「もっと力抜いて」
言われた通り、力を抜く。ぐい、と押し入ってくる硬い感触に、身を捩る。
「大丈夫だよ、一騎」
織田の手が腰を掴んで、ぐいぐいと捻じ込んでくる。痛みはなく、圧迫感があるだけ。奥のほうに押し込まれる感覚。織田が俺の頭上で息を吐いた。
「温かいなあ、一騎の中」
織田が言う。ぼんやりと、なんで俺は抵抗しないのかと考えていた。体が動かないからだ。簡単なことだ。そうだ、変な薬を打たれて、そのせいで体が動かない。無駄な抵抗は、しない。
「動くよ?」
織田が確認を取ってくる。笑えてくる。なんでも無理矢理やってきたくせに、今になって了解を得てなんになる。俺は無反応を通した。織田がゆっくりと腰を動かした。中のものが動く。目を閉じて、ラグに爪を立てた。
「一騎」
織田が呼ぶ。ゆっくりと出たり入ったり繰り返し、何度も俺の名前を呼んだ。
「一騎、一騎っ」
「はっ……あっ、はあっ……、んぅ……」
激しく突き刺す行為は永遠に続くのかと思った。音を立てて腰を打ちつける織田の息が上がってきた。俺の尻はあいつを食い千切る勢いで締めつけている。
気持ちよかった。
信じられなかった。
俺はこんなことをされて、感じている。
情けなくて、涙が出た。嗚咽と喘ぎが混じった、複雑な声が、自分の喉からひっきりなしに溢れてくる。織田は、動きを止めなかった。無言で腰を振っている。どんな顔をしているのかはわからなかった。
そのうち聞こえてきたのは、苦しげな呻き。体内に精液をぶちまけられる感覚。直後、脈打つ自分の下半身から精が放出された。
ああもう、どうだっていい。
気を失うほどの快感だった。
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