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驚きすぎて、カナブンを持つ手を払おうとしたのに彼の頬を引っぱたいてしまった。
「いったい!」
「あっ!? ごめんなさい!」
事故とはいえ彼を引っぱたく日がくるとは思わなかった。わたわたしてる間にカナブンもどこかへ飛んでいき、互いに落ち着きを取り戻す。
「大丈夫。でも鈴、昔は虫大好きじゃなかった?」
「好きですけど、寝起きにあんな近くに持ってこられたら怖いです。しかも裏側……グロい……」
「そ、そっか。良かれと思って。ごめんな」
和巳さんは悲しそうな顔で、俺の前に屈んだ。
「驚いただけなんで、怒ってませんよ! むしろ殴ってすいません!」
「んーん。それは大丈夫」
和やかな空気になったところで残った虫を外に逃がし、帰る身支度をした。
昼食をご馳走になり、外へ出る。おじいちゃんとおばあちゃんは駐車場まで見送りに来てくれた。
「二人とも、またいつでもおいで」
「皆が集まる時より、二人で来なさい。そしたら昨日みたいにゆっくり話せるから」
お土産に野菜と果物がたくさん入った袋までもらった。
「しばらく二人で住むんでしょ? ちゃんとご飯食べてね」
「わぁ……ありがとう! おばあちゃん達も体気をつけて。元気でね」
行きと同様、俺は運転席に、和巳さんは助手席に乗る。和巳さんもお礼を言って二人に頭を下げた。
出発して、彼らが手を振っている姿がルームミラーで見えた。寂しくなるけど、気を逸らしたら事故りそうなので冷静に高速に入る。ウィンカーを戻したタイミングで、和巳さんは窓際に頬杖をついた。
「おばあちゃん、変わってなかったな。じいちゃんもタバコはやめられないけど元気そうだし」
和巳さんの言葉に頷く。行けばいつも優しく迎えてくれる二人は、俺達にとっても大事な家族だ。
「あ、後サービスエリアに寄ってこう。今猛烈にソフトクリームが食べたくなった」
「わ、わかりました」
その後は彼の要望通りSAで休憩した。自宅につく頃には、もう陽は沈みかけていた。
「あぁ~……我が家だ……!!」
本当は色々整理しなきゃいけなかったんだけど疲労の方が勝ってしまい、真っ先にベッドに倒れ込む。やっぱり自分だけの家が一番。嬉しいし安心するしで泣けてくる。
「お疲れ、鈴。本当にありがとな」
「いいえ。和巳さんも」
正直ちょっと戸惑っていた。和巳さんとまたここへ帰ってくるとは思わなかったし、一時は俺もここに帰ってこれないんじゃないかと思った。
なのに今は、二人でここに帰って来た。
「……和巳さん」
「ん?」
彼はベッドに腰掛け、寝っ転がってる俺の方を振り返った。
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