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新しい生活
小さかった頃は、歩ける範囲で色んな所へ行った。自分でも不思議だけど、とにかく遠い所を目指した。遠ければ遠いほど道に迷うかもしれないし、戻ってくるのもしんどいのに。
それでも俺は公園で知らない子達に混じって遊ぶより、川沿いや林へ行って何かを探す方が好きだった。
生き物や植物を見つけることは楽しい。でも、一回帰り道が分からなくなって呆然としたことがあったっけ。
交番を探そうにも、交番がどこにあるのか分からない。極度の人見知りで、知らない大人に尋ねることもできなかった。
泣きそうになるのを堪えていたとき、あの人が迎えに来てくれた。
『鈴! 良かった、やっと見つけた……!』
和巳さんがわざわざ俺を捜しに来てくれたんだ。ホッとした顔で自転車から下りて、俺の頭に手を置いた。
『もう、どこまで行ってんの。こんな遠くで遊んでたらダメだって』
空は真紫に染まり、街灯がぽつぽつと点き始める。俺達の影はどんどん伸びていった。
『叔父さん達が待ってるよ。早く家に帰ろう。でもその前に交番探そうか。俺もここがどこだか分かんないんだ』
和巳さん……。
『全然人いないけど、大丈夫かな? 大丈夫だね、多分!』
何が起きても、どれだけ遠回りしたとしても、彼は俺にとってすごい人なんだ。
俺がドジなら、和巳さんは天然。父さんも伯父さんも完璧主義者なのに、これは一体誰から遺伝したんだろう。
分からないけど、彼はいつも手を差し伸べてくれた。
「ん……」
鳥のさえずりが遠くで聞こえる。瞬きを数回すると、見覚えのある天井が真上にあった。ここは確か、おじいちゃんの家。
「おっはよ、鈴」
「えっ」
急に視界が真っ暗になり、額に何かが触れた。それがどんどん離れていき、大好きなあの人の顔が見えてきた。
「お、おはようございます!」
寝起きから、和巳さんにキスされたみたいだ。
「今八時だよ。よく寝れた?」
「はい。和巳さんは?」
「俺もよく寝た。でも大変だよ鈴、昨日窓開けたまま寝ちゃったじゃん? だから夜中に虫がたくさん入ってきたんだ。ほら、このカナブンとか」
「うわあぁぁ!?」
彼の台詞だけなら、そこまで驚かなかったと思う。だけど和巳さんが大きなカナブンを俺の顔の前に差し出したから、心臓が止まりそうなほど叫んでしまった。
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