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美味しい毒なら大歓迎だが…
「俺は、お前が憎くてたまらない…!」
…VIPルームといわれる別室に招かれた私は完全に閉じ込められた…。
私の目の前には、顔馴染みのオーナーシェフがぎらつかせた眼をこちらに向け、立っていた…。
「お前は…お前は…なぜ、俺をこうも苦しめるんだ…。」
シェフは私に言葉を投げ掛ける…。
暫くの沈黙のあと…シェフは声を荒げた…!
「お、お前は一体何者なんだ!?俺に何か恨みでもあるのか!!」
私は全く心当たりがなく…口を開いた…。
「私にどんな因縁をおもちか分かりませんが、あなたのやっていることは完全なマナー違反ですよ…。」
私は冷静に言葉を続けた…。
「私はただ…食事を楽しみに、このお店に通っているだけで、こんな殺伐とした個部屋に閉じ込められた状態での食事は全く希望していないんですが…。」
ガンッ…!
シェフは顔を下向き加減に…テーブルを思い切り叩いた…。
「どうして、そんなことをそうも易々と…。…こ、これに、見覚えがないとは言わせまい…!お前が毎回、俺が作った料理の皿に残していくものだ!」
バララッ…。
シェフはテーブルに紙切れをばらまいた…。私はそれらを見て、応えた。
「あぁ…それは、私の書いたメモ……ですね。」
シェフはその紙切れメモの一枚を私に突き出してきた…。
「これを、見ろ!これはどういうことなんだ!」
『少し塩加減が薄く、本来の味が浮きでてきていない。 そして、黒ずんでいる…』
メモにはそう書き残されていた。
「…お前は、毎度…料理を全てたいらげた後に、このメモだけを残したまま、何も言わずに、帰っていく…。」
「このお店の評判を落としたいのか分からないが…俺の一生懸命作った料理に文句があるなら、直接言えってんだよ!」
私は無言のまま黙っていた…。
「何も言わないのか…まぁ、そうだろうなぁ…言いたいことは分かる…。そのメモのアドバイス通りに、料理を作り直したら、美味しくなっただろう?…そう、言いたいんだよな…お前は…。」
シェフは少し間を置き…深呼吸した後、
「その通りだよ!…一段と美味しくなったのは事実だ!だが、俺は感謝なんかしてはいない…。俺はそのせいで、自分自身の料理人としての腕の不甲斐なさを感じ、プロとしての自覚を見失った…。」
「俺は今まで、ずっとこの腕一本で生きてきた…料理の道を閉ざされたのであれば…俺はもぉ、他に何もない…。だから……。。」
シェフは言葉をそこで、区切ると…部屋の隅に置かれた料理を運ぶワゴンへ歩を進め、そのワゴンを押しながらこちらに戻ってきた…。
ガラッ…。
ワゴンの戸を開けると、そこには丸い平皿に入ったスープが無数と顔を覗かせた…。シェフは無言のまま、スープ皿を私の特大テーブルに丁寧にゆっくりと並べ出した…。
ゴトッ…
1枚…2枚…3枚…………10枚!
全部で10皿分のスープが私の前に並べられた…。
いや、まだある…!
シェフは、更にスープ皿を並べる…。
20…30…40…50…60…70…80…90…100。。
私は心の中で、フルカウントしていた。
全部で100皿…特大テーブルの奥まで、前菜スープで満たされた。
綺麗に並べ終わった後、シェフは…パンッ…!と、大きく両手の平を合わせて、こう言った…。
「さぁ、それでは今から毒入りスープを当てるゲームで楽しんでもらいましょう!100枚のスープ皿の内、1枚には確実に、頭がトロけてしまいそうな…毒が入っております!その毒入りスープを見事に当てることができたら、はれておまえ様は解放されます。でも、間違ったら…おまえ様に待ちうけるのは…まごうことなき 死 です…!回答は一回限り…外すことは許されませんよ!?」
シェフは先ほどの憤慨感情とは裏腹に…そつなく、説明をし出した…。
「そして…あなた様は、絶対に逃げられません…。」
シェフは後ろに隠した出刃包丁をこっそり光らせた…。逃げられはしないみたいですね…私は観念し…そのゲームに参加する意思を見せた…。
「俺は、捕まる覚悟も出来ている!お前のゲームが終わるまで、とことん付き合ってやろう…クックックッ…」
「本日はお前にじっくりと前菜フルスロットルを与えるために…お店は貸切だ…従業員も全員帰らせてある…ゆっくりと選ぶがいい…俺の絶望も一緒に、深く噛み締めながらな!」
「…それは、ご遠慮します…。あなたの絶望は間違いなく勘違いであるから…。」
「はぁ…?」
「これは、全てのスープに口をつけてもいいのですか?…見た目と香りでは、全く分からないですからね…さすがに…。」
「勝手に飲むがいいさ!但し、一杯目から毒入りスープを選ばないでくれよ!興が削がれてしまうからなー。はっはっはっ…!」
「あぁ…それはないから大丈夫です…。」
「なっ…なんで言いきれる?」
「これらのスープには、そもそも毒なんかは入っていないからですよ…。人間を死に至らしめるような毒などは全くね…。」
「くっ…はっ…!」
シェフは驚きおののいてしまった…。
こ、こいつには全て見透かれているというのか…。
私はシェフの動揺を肌で感じながら…鼻と舌の感覚を研ぎすませながら、スープをスプーンで一口ずつ、味わいながら飲んでいった…。
ズズズッ…。
一皿…二皿目…とスプーンで掬って、順番に…流暢に、淡々と、スープを味わっていく…。
「さすがに、私も100皿全て飲み干すことはできませんので…一口ずついただきますね。しかし、後半のスープは生憎…冷めてしまいますねぇ。温め直していただけるんでしょうか?」
シェフは黙ってコクリと頷いてくれた。
その後も、私は立ち上がり、移動しながら、温かいスープを一口ずつ舌で堪能する…。
…そして、最後の一皿…ここまで、私の身体には全く異変はない…。
シェフの顔は冷や汗混じりに、浅黒く曇っていた…。
「最後のスープです…。いただきます。」
そういって、私は…ズズズッと口から胃へとスープを流し込んだ…。
私は口をナプキンで拭いながら…
「最後まで、何もなかったようで…!ぐっ…うっ…うっ…!そ、そんな…!」
シェフは驚愕し、困惑しながら、私にすぐさま駆け寄ってきた…!
「ふふふ…そんなことあるわけないじゃないですか…。大丈夫です…。」
私の悶えが、演技だったと、ほっとした様子がシェフからは感じられた…。
「あなたは、優しい人ですね…やはり…。」
シェフに私は声を掛けた…シェフは既に意気消沈しているのか…がっくりと膝に手を置き、顔を伏せていた…もぉ何の怒りも感じられなかった…。
「…シェフ…私から長くなるかもしれませが、説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
シェフは伏せた顔をゆっくり上げ、コクリと頷いた…。
「まず、あなたが出してくれた100皿のスープの中で、いつものように美味しく感じたのは…これです。」
私は一番端の最後に飲んだスープを手のひらで示した…。
シェフは…はっ!…とした顔を一瞬したが、そのまま私の話を聞き続けてくれた…。
「結局のところ…これらのスープには毒は入っていなかったわけです。私は今もこの通りピンピンしてますからね。遅効性の毒だとしても、飲めば、私には毒が入っているかどうか分かります。私の舌は常人よりも格段、敏感にできていますので…」
「私が、あなたのお作りになった料理に毎回メモを置いていたのは、あなたの料理を心から認めていたからです…。私は決して、勿体無いからと取り敢えず、完食し、クレームのメモを置いていたわけではありません。それだけは、信じてください…。周り口説いやり方だったかもしれませんが…それがあなたの為だとやっていたことなのです…。」
「私が置いていたメモは正式には『メモリー』と名付けております…。私には『料理の記憶』を感じ取る力があるのです。そう…料理に込められた…作り手の感情…健康状態や人格…様々なステータスが私の一つ一つの細胞を通して伝わってくるのです…。だから、分かるのです…あなたが天才的な料理の腕を持ち合わせていることは…。」
シェフは…鼻をすすり…涙ぐんでるように見えた…。
「私はあなたの料理にある違和感を感じた時から、この『メモリー』を残すことにしました…。」
「私は勿論、料理の味に足りないものを書いたりもしましたが、後半の部分にこそ…あなたの料理の本質に欠けていたものを書き残していました…。」
『黒ずんでいる…』
「あなたは、薄々分かっていたはずですが、その性分…料理に対する絶対的自信と誇りの高さから…気づかない振りをしていましたね…? この私が感じた黒のシグナルは…健康状態が不安定の表れ…身体に何かの異変が生じていることを示唆しています…。」
「ぐっ…うっ…。」
シェフは堪えきれず、声を漏らした…。
「私は、今日のスープを全皿味見することで、理解することができました…。言うなれば、あなたは私に毒味をさせて、試したのではないでしょうか…。いいえ…言い換えれば、このお店の一番の人気メニュー『ウミガメのスープ』の本来の味を私に教えてもらいたかったが、正解でしょうか…。」
ガクッ…ドンッ!
シェフは…その場に座り込み、固く握った拳を床に叩きつけた…。
「私は、全てのスープの味が微妙に違う味で構成されていることに気づきました…薄口から濃口までの100段階…。」
「…ここまでくれば、分かりますよね…。プロの料理人として大切な能力…勿論、料理の腕やセンスなども必要です…。但し、作った料理をお客様に満足してもらうには、それ自体の味見も不可欠です…。」
「あなたは、料理人としての…舌の感覚を失いつつありますね…。」
それをいい終えた瞬間…シェフは…
「うっ、うぁぁぁぁ……!!!」
幾重にも溜まった感情全てを吐き出すような唸り声を上げました…。
「しかも…医療では治療が不可能なレベルまで到達してしまっているのではないでしょうか…。」
シェフは…冷静になりつつ…私に言葉を返した…。
「あぁ…あんたの言うとおりだよ…。俺の舌は味見になんかにはもぉ使えない…塩と砂糖の区別さえもままならぬ状態にまで陥っている…。昔、若い時にクスリをやり過ぎた時の後遺症みたいだな…。更正して、やっと自分の歩むべき道が見つかったと思ったが…これまでみたいだな…。」
シェフは立ち上がり…
「さぁさぁ…今日はもぉ店仕舞いだ…。俺の後を追いかけて、この店で働いていくれている弟子たちには、俺の特製スープの味だけでも、きっちり教えてやりたいと思ってな…。本当にこんな真似をして、あんたには申し訳ないと思っている…。でも、勝負は完全に俺の負けだ…全て…筒抜けだもんな…参ったよ!ハハッ…。警察に行く前に、教えてくれよ…あんた、本当に何者なんだ?」
私は、椅子から立ち上がり…ナプキンを外した…。
「警察になんか行くわけがないでしょう?あなたは、刑務所で料理を振る舞うおつもりですか?」
「すみませんが、少し舌をお借りできますか?」
「はっ…えっ? あんた、何を言ってるんだ?」
シェフは怪訝そうに、私を見ている…。
「あっ…ぐぁっ…。お、おい…。」
私はシェフの舌を無理矢理、指で掴み、強めに言い放つ…。
「本来…この能力はあまり使いたくはありませんが、あなたに料理をつくって頂かないと私の美食家としての探求心が削がれますので…。あなたの舌に、私が今まで食した…あなたの料理の記憶を全て練り込みます…!あなたなら、その舌の記憶により、新しいメニューをも紡いでいくことができるはずです…!」
「そ、そんな…ぐぅぅ…できるはずは…。ぐっ、あぁぁ…!」
私はシェフの舌に記憶を流し込んだ…。少し荒治療だったかもしれないが…。
「はぁはぁはぁ…変なことしやがって…。この…」
私は、指をおしぼりで綺麗に拭き、さっと名刺を差し出した…。
「はっ…?」
『美食ハンター 味真 守(みま まもる)』
「美食…ハンターだと…。。」
「はい…申し遅れましたが…。美食ハンターにも沢山の枝分かれがありますが、私は、まぁ…基本的には素晴らしい料理店を探して、嗜好の幸福を広げていくのが仕事ですかね…。ただの自己満足になってしまいがちですが…。」
「あっ…私の能力ですが、『彩食メモリー』と『舌倫メモリー』といいまして…先ほど説明した通りですね…。後者の能力の発動条件が…能力説明することが必須なので…失礼いたしました…。」
シェフは…取り敢えず、ポカーンとなっている…。
「これで、あなたの中の黒き闇はなくなりました。早速ですが、テーブルにあるスープを飲んでみてください…。」
シェフは、疑心暗鬼に満ち溢れながらもスープを飲んでみる…微かな希望にすがるように…。
ゴクッ…。
シェフは…号泣した…。
「あ、味が…味が…戻っている…。」
シェフは、ゴクゴクと豪快にスープを飲み干していく…。
彼は、その光景を見ながら…ニコリと笑い…その部屋を後にしようとした…。
「まっ、待ってくれ…!疑ってすまなかった…。な、なにかお礼をさせてくれないだろうか…!」
黙って去ろうとした私に…シェフは、懇願するが…私は…
「いえいえ、また、来ますので…いつもの料理を振る舞っていただければ、それでいいんです。」
………その後、そのお店はリニューアルした。人気は留まることを知らず…世界各国からお客様が来店…真の笑顔を与えるレストランとして有名になった…。
『ミ・マモール』
「あっ…なんだか入りづらいなぁ…。」
【完】
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