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 何故か目を覚ました。寝た記憶もないのに。でも天井はオレの部屋だから普段通りに寝たんだろう。あ~良かった。全部夢だ。オレは安心して目を閉じた。名も知らぬ先輩方と、得も言われぬおぞましい妖怪なんていなかったんだ。なんて爽快な朝。重ねて今日は土曜日だ。顔も緩んじゃう。 「おいおいこの寝ぼすけ、なにニヤついてんだ?」 「?」  知らない声がしたな。なんだろう、妖怪が家に上がり込んでるのだろうか。だとしたらちょっと無視してよう。そして諦めて出て行ってくれ。 「やっぱり食い殺しておきましょうよ。こんな人間に手を貸していったい何になると言うのですか?」  えっなに二人いるの? 「だから何度も言っただろ?こいつと目が合ったんだよ。俺達が見える人間なんて久しぶりだろ?ちょっとは話してみたいとか思わないのか?」 「はぁ、微塵も思いませんね。むしろそういう人間ほど美味しいと聞きます。私としては是非いただいてみたいものですけど」  あれ…?ちょっと無視できない内容になってきたな。 「なに?そうなのか?」 「えぇ、興味湧きました?指の一本や二本、許してくれるのでは?」 「許せるか!!!」 「うわっ、びっくりした」  思わず飛び起きてツっこんでしまった。いくら妖怪に対して無視を貫いているオレでもこれは容認できない。まったく、なんて奴らだ。そう思ってそこにいた人物を見て、オレはまた驚かされた。 「起きてしまったのですか?残念、食い損ねました」  そこに居たのは一人の男だった。てっきり妖怪かと思っていたが、人間の形をしている。街中ですれ違ったら十中八九二度見してしまうような整った顔。艶のある黒髪。長い睫に縁取られた、これまた真っ黒な瞳。対して肌は病的な程に白いからか、ひどくコントラストが強く見えてしまう。なまじ顔が綺麗なせいで華奢かと思えばそうでもなく、黒の七分袖から覗く腕は女が好きそうなくらいの筋肉が付いている。口元に貼り付けられた笑顔が不気味だった。  いや、ていうか、一人?喋ってなかったか? 「まずは顔洗って歯磨いてこい。話はそれからだ」  そう言って今度は人好きのする笑顔を浮かべた。  気味も悪いが確かに口の中も気持ち悪い。オレはのそのそと洗面台へ向った。 「俺達は妖怪〈百鬼夜行(ひゃっきやこう)〉だ」  言われた通り顔を洗い歯も磨いたオレを待っていたのはそんな言葉だった。 「………は?」  そんな自信満々に言われても意味わかんないんだけど。ていうか何足を組んで偉そうにオレのベッドに座ってんだよ。オレが座布団に座るしかなくなるじゃねーか。座るけどさ。 「人間に紛れる時の名前は鐸晶奓(さなきしょうた)だ」 「鐸って…あれ?イケメンて噂の…ん?」  あれ?その話をしてたのは夢の中の先輩で…。 「夢じゃないからな。昨日、飲み会の途中で入ってきた俺を見て気絶したろう?」 「えっ?」  いや、でもあの時オレが見たのは、 「あの時は人間への擬態補助具を着けてなかったから、さぞ気持ちの悪い生き物に見えただろうなぁ」  そう言って歪に笑う彼は、確かに、人ではなかった。  部屋の温度が下がったように感じる。 「おっオレを、どうするつもりだ…」  妖怪とここまで会話をしてしまったのは初めてだった。まずい気がする。人間に紛れて普通に生活し、尚且つこうしていてオレが人間との区別が付いてない時点でかなりヤバい。というか本当に彼が昨日の醜悪な妖怪なのだとしたら家に上がられているこの状態がまじで危険すぎる。や、待て、なんだ、擬態補助具って。そんなもん売ってんの?やばい、食べられるのかな…でも食べるつもりならとっくに食べてるだろうし…いや、意識がある状態で泣き叫ぶのを聞きながら食べるのが趣味とかだったらどうしよう。  オレが固まって混乱していると、大きめの溜息が聞こえた。 「別にどうもしねぇよ。さっきの会話聞いてたのかと思ったが違ったのか?」 「へっ?」  予想外の言葉に、オレは男の顔をまじまじと見てしまった。 「俺達のこと、きちんと妖怪として観れる奴は久しぶりだったからよ、ちょっと話してみたくなっただけだ」  そう言って肩をすくめる仕草までしてる。  ほんとかな…妖怪の言葉を信じていいのか? 「まぁ、あとはちょっと協力してほしくてな」  協力…? 「まず昨日、居酒屋に入ってきた俺を妖怪として観ちまって気絶したお前に興味もあったし、少し不憫に思ったから家まで運んでやったのは俺なんだが」 「えっそうだったんですか?ありがとうございます」  あっしまった、妖怪に普通にお礼言っちゃった。 「お前警戒心がねぇなぁ。はぁ…客観的に見てみろ。呑みに連れてこられた新入生を女遊びも男遊びも激しい先輩が持ち帰ったんだぞ。お前大学で月曜から俺と寝た男として過ごすことになったんだが、それわかってるか?」  えっ? 「その上で、だ。お前に憑いてる怨念みたいな気配、俺等の昔馴染みにそっくりなんだ。そいつに用事がある。お前さえ協力してくれたら不本意な噂が広まる前にどうにかしてやってもいいぜ」 「待って…待ってください…」  情報量が多すぎる。  とりあえず一から説明してもらうことにした。  彼、鐸晶奓先輩はオレと同じ大学に通う4年生で、性生活が乱れている有名な方らしい。と言ってもそれは人間社会に溶け込むためのカモフラージュだそうで、最初に自らのことを妖怪〈百鬼夜行〉と名乗った通り、妖怪だ。  そもそもオレの知る百鬼夜行は妖怪の大名行列みたいなものだ。彼も元々はそうだと言った。この”元々”というのがこの話の重要部分なのだが、どうやら百鬼夜行は時代に合わせて進化を遂げたというのだ。まだ妖怪が見える人間が多かった時代は妖怪をぞろぞろと引き連れて歩いたが、時代が進むにつれそんな人間も少なくなり、町の風景も変っていった。妖怪が住む場所すら少なくなり、このままでは生きることすら難しくなる。そして考えついたのが百鬼夜行を”百の妖怪の集まり”から”百の妖怪が集まった妖怪”にするとのことだった。オレが昨日の飲み会で観てしまったのはその様子が丸わかりの状態だったらしい。道理でひどくおぞましかったわけだよ。  「住む場所も限定されずに済むし、個として強い。エコだ」とは彼の言葉。エコは違うと思う。けど客観的に見てすごく合理的な進化だなと思った。  進化の際には当時の百鬼夜行の中でも特に力の在った妖怪を基とする手筈になっていたが、そこで問題になったのがどの妖怪が一番強いかという点だった。これは揉めに揉め、力の合った四妖怪の血で血を洗うトップ争いが一週間に渡って繰り広げられたとか。説明を聞いていて正直馬鹿だと思った。しかもこの争い、決着が付かなかったのである。結局どうしたかといえば、この馬鹿な喧嘩をした四妖怪―――酒呑童子(しゅてんどうじ)牛鬼(ぎゅうき)土蜘蛛(つちぐも)大百足(おおむかで)―――が共に進化の基になったのだという。  そうしてできあがったのが妖怪〈百鬼夜行〉というわけだ。  四妖怪の力はそれぞれが使うということで話が付いているようで、残り九十六妖怪の力は自在に操れるという。  人の形を取っている現在、表面に出てこれるのは四妖怪のうち一人格のみ。因みにオレが寝ぼけているときに会話をしていたのは酒呑童子と牛鬼で、代わる代わる表面に出ては喋って引っ込みを繰り返していたらしい。大学生活は唯一社交性のある酒呑童子が担当しているそうで、大学生との飲み会が楽しい旨を教えてくれた。良かったな。  そして本題、オレに憑いている怨念みたいなものの話だ。  怨念というと聞こえは悪いが、これについてはちょっと心当たりがある。例の神隠し事件と、ここ最近感じる謎の視線だ。実は視線についてはあまり害が無いので気のせいだと思い込むことにしていたが、この際ついでに解決して貰えればなという気持ちで打ち明けた。この時点でオレは人間の形をした目の前の妖怪をある程度信用したことになってしまったが、もうここまで来たら開き直るしかないのである。  妖怪が見えるようになった神隠し事件から経緯を話せば、突然表面に出てきた牛鬼に「神隠しではありませんね」と断言された。 「貴方ごときが神に気に入られるとでも?だとしたら今までとても恥ずかしい勘違いをしていましたね、龍弼君」  これほど完璧な嘲笑を見たのは初めてだったと思う。普通に傷付いた。  その件と謎の視線、そしてオレに憑いてるという気配を踏まえると、百鬼夜行が用事があるらしい目に関する妖怪で間違いないとのことだった。つまりは同一犯、ということだ。  酒呑童子は暫く考え込むような仕草をした後オレの目を真っ直ぐ見てこう言った。 「お前、今日の夜空いてるか?」  変な聞き方をするんじゃない。 「お前にとっても良い話じゃないか。協力してくれるよな、藤沢龍弼君?」  かくしてオレは不本意な噂を流出させまいと、妖怪〈百鬼夜行〉に協力することとなった。
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