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そして深夜2時。オレは一人で墓地へ来ていた。
正直に言おう。
めっちゃ怖い。
もう二十歳近いくせにとか言ってらんない。怖すぎ。そこそこの広さがあるこの墓地はかなり古い部類に入るんだろう。元々の外灯が少ない。多分今オレがちょっと明るいって感じてるのは火の玉とかだと思う。揺れてるし。そこかしこからヒソヒソ声が聞こえるし、ぱたぱたと足音が近づいてくるのに姿は見えなかったり子供の笑い声が聞こえたり…成仏してくれよ、頼みます。世の中にはこういう所で肝試しする阿呆がいるって聞くけどほんとに頭どうかしてると思う。
酒呑童子が伝えてきた作戦は大きく分けて三つだ。
一つ、オレが一人で人気のない場所を夜に歩く。これは今やってる。墓地だとは思わなかった。
二つ、一人になったオレの元へ件の妖怪が来る。
三つ、そこを百鬼夜行が叩く。目に関係する妖怪はだいたいが光に弱いらしく、強い光を放つ予定だからとサングラスを持たされた。合図が出たらそれをかける手筈だ。
シンプル過ぎる作戦だ。今まで謎の視線を向けるだけだったその妖怪がそんなに上手く引っかかってくれるのかと疑問に思うが、「俺という強大な妖怪がお前に近づいた事で今頃焦っているだろう。必ず仕掛けてくる」らしい。
だんだん怖さが麻痺してきたオレは静かに墓地内を歩いた。
今回のことと、行方不明のこと、同じ妖怪の仕業と言ってたっけ。だとしたらオレに憑いてた怨念みたいなのって、小学生の頃からずっとあったってこと?どうして行方不明の時じゃなく今頃になって構ってきたんだ?自虐にはなるが牛鬼さんも言ってた通り、オレにそんなに執着する価値無いと思うけど。
「―――――」
突然、後ろからヒソヒソ声以外の何かが聞こえた。
「――――け」
高い女の声だ。
近づいてきているような気がする。振り返らずに立ち止まって耳だけを澄ませる。
「―――すけ」
なんだ?助けを求めてる…?
「――うすけ」
……いや違う、これは…
「私のかわいい、龍弼」
耳元で声がした。
墓場には似つかわしくない、可愛らしい声だ。
オレはこの声を聞いたことがある。けどいったいどこで…?
「ねぇ、覚えてる?淋しそうな私と、ずっと一緒にいるって、約束してくれた…」
肩に手を置かれた瞬間、オレはたまらず振り返って、そして、
「龍弼…私のかわいい龍弼…」
なぁに?
「大きくなったら結婚してくれる?」
けっこんってなにするの?
「二人でずっと一緒にいるのよ」
おねぇさんと?
「ええ。私と龍弼で」
いいよ!おねぇさんさみしそうだし、大きくなったら、ずっといっしょにいてあげる!
「あぁ…本当にかわいい龍弼…その時は迎えに行ってあげるからね」
全て思い出した。
そうだオレは、おねぇさんと結婚する約束をしていた。
家の近くにあった森に遊びに行って家に帰らなかったあの三日間、オレはこの人とずっと一緒に居た。
優しくて、暖かくて、でも淋しそうなこの人を、オレが助けてやんなきゃって。
そうか、あの視線が嫌じゃなかったのは…。
おねぇさん、オレとの約束をずっと―――
「〈五位の光〉」
突如オレ達の近くに現れた〈百鬼夜行〉から声が聞こえた次の瞬間、オレの目は一瞬にして青白い光に焼かれた。待ってよ、合図は?目の前に居るはずのおねぇさんからも呻き声が聞こえる。
「よぉ〈百々目鬼〉、三十年ぶりか?あの時は悪かったよ、〈百目〉と入れ替えで外に出したお前を、殺してやれなかった」
日常会話をするような〈百鬼夜行〉の声。次いで、水気の混じった鈍い音と共におねぇさんが倒れてきた。勢いが殺しきれずにオレごと後ろに倒れてしまう。
「りゅ、すけ」
おねぇさん…?
何も見えない。視界の端から端まで全部、暗いのと明るいのが点滅してる。
嗅覚を刺激する錆の匂いがキツい。
「鐸、先輩、酒呑童子、百鬼夜行…そこに居るんだろ?これ…どうなってんだよ」
オレは忘れていたんだ。
最初に観た〈百鬼夜行〉が、どれほど醜悪なものだったのかを。
「愛だの恋だの、そういうのは反吐が出る。地獄でやることだね」
オレと喋ってくれていた酒呑童子とも、少しだけ声を聞いた牛鬼とも違う気配がした。
「ガッ??!!…ア…、!!」
突如として胸に襲いかかる痛み。
いたい、あつい、いたい、あつい、なんだこれ、こんな、こんなの、しんじまう。
「あーあ、せっかく面白そうな人間だったのになぁ…」
「大百足、私はご馳走が増えたので構いませんが酒呑童子は〈百々目鬼〉だけと言ってたじゃないですか」
「僕の地雷知ってるでしょ」
「ま、仕方ねぇか」
うえからかいわがきこえる
しかたないってなにが
どうして
「じゃあな、藤沢龍弼君。化けて出れたら、その時は赤い杯で乾杯してやろう」
「もう食べてもいいですか?いい加減お腹空きました」
「いいけど服汚すなよ」
「善処します」
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